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これまでのこと。これからのこと。スタッフインタビュー

マザーハウススタッフの生い立ちや、マザーハウスに出会うきっかけ、入社して今思うことを語ってもらいました。人となりや雰囲気を、できるだけそのままにお届けします。

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第2回 これまでのこと。これからのこと。スタッフインタビュー

問題の解決方法に正解はないかもしれない ベナンで気づいたこと

2019.10.29

池袋東武店 店長
2013年中途入社
前職:青年海外協力隊 ベナン派遣
白神綾菜/しらがあやな

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──今のお仕事内容を教えてください。

池袋東武店の店長をしています。
ざっくりいうと店長は、みんなで目標を達成するために、
お店というチームをリードする役割かなと思います。

接客以外にも、商品の売れ筋や購買動向を分析してディスプレイを考えたり、
お客様向けのイベントを企画したりしています。
またお店で働くスタッフのスキルアップや、
キャリアステップを一緒に考えるなど、人を育てていくことも店長の大切なお仕事です。

──店長のお仕事ってかなり幅が広いですよね。
そんな店長の仕事って、ずばり、面白いですか?

面白いですよ!
責任が大きく大変な時もありますけど、自分の提案次第でやりたいことを⾃由にできるのが⾯⽩い。

例えば2017年にバングラデシュのバッグ職人が店頭に来てくれることになった時のこと。
企画運営はもちろん店舗です。
お客様をお呼びして、店頭で職人のバッグ作りの様子を見ていただいたり、
トークセッションや、職人と一緒に行うDIYも実施しました。
自分がいつもお会いしているお客様と職人を実際につなげる場が作れたことは、
とても印象に残っています。

──白神さんは2013年入社ですが、マザーハウスに入る前は何をしていたんですか?

大学卒業後、青年海外協力隊に参加し、
西アフリカにあるベナンという国に2年間派遣されていました。

──ベナン…なかなか日本で暮らしているとなじみがない国ですね…
赴任先を初めて聞いた時はどう思いました?

「どこだ?」って(笑)
アフリカに行きたいとは言っていたんですけど、
予想以上に全然知らない国でした(笑)

──ですよね(笑) 現地ではどんな仕事をしていたんでしょうか?

赤ちゃんを持つお母さん達への啓発活動が主な仕事でした。
村の病院をまわってお母さんたちに簡単な栄養指導をしたり、
栄養価の高い大豆を使った離乳食の調理講習会を企画して、
離乳食の生産・販売をしていました。

村のお母さんたちは公用語を話せない人が多くて言葉が通じないんです。
だから現地の言葉を勉強して、簡単な表現でも伝わる工夫をしたり、
啓発活動を一緒にしてくれる現地の人を探すために、病院めぐりをしていました。

──そこでの経験がマザーハウスに入社するきっかけですか?

はい、元々大学時代、国際関係学 (国際政治や歴史)を勉強していました。
いわゆる途上国と呼ばれる国が抱える問題はどうやったらなくなるのか、
その解決に携わる仕事をしたい、という想いがありました。
そして実際に青年海外協力隊として現地へ行ってみると
「問題の解決方法に正解はないかもしれない」という気持ちになったんです。

──現地で感じ取ったものが何かあったんですね。

ええ、というのも、貧困などの厳しい現実に対して、
海外からの支援を得て裕福になっていく人がいる一方で、
現実を受け止めながらみんなで支えあって何とか改善しようと奮闘している人もいて。。
そのどちらかが正解というのではないように思えたんです。

じゃあ帰国後はどうしようと考えたときに、自分は外の人間として、
途上国と先進国という2つの境界線をつなぐ役割を担いたいと思うようになりました。
マザーハウスの「ビジネスという対等な立場で1つのゴールに向かっていく」、という考え方が
境界線をつなぎたいという自分の想いと一致すると思い入社しました。

──そもそも国際協力に興味をもつようになった原体験のようなものもあるんでしょうか?

元々のきっかけは、小さい頃に半年ほど滞在したアメリカでの経験だと思います。
当時通っていたスクールには色んな国から来た移民の子どもたちがいました。
言葉も肌の色も違っても仲良くしていましたけど、
スクールの外に出ると黄色人種として差別されたこともありました。
「どうやったら世界が仲良くできるんだろう?」という素朴な疑問から
国際関係を学びたいと思うようになり、大学もその方向で選びました。

…というと非常に真面目そうですが、
大学生活では実家を出て初めての1人暮らしを満喫してしまった部分もあります(笑)

──大学時代は誰でもそういう側面がありますよね(笑)
ちなみに日々マザーハウスで働くモチベーションも、やっぱり「国と国との境界線をつなぐ」というところですか?

そうですね、自分のベースには国際協力があると思います。
自分のお店の売り上げが次の国のチャレンジにつながっていくというのをリアルに感じられるので。

例えば私が入社した6年前には生産地はバングラデシュとネパールだけでした。
そこからインドネシア、スリランカ、インド、ミャンマー…と広がっていくのを見て、それを実感しています。

あとは「人」ですね。
めちゃくちゃ自分自身や人と向き合う会社だなと思います。自分にとってはそれも面白い。
例えば入社して接客を教えてもらったとき、お客様の気持ちを徹底的に想像したり、
自分が発した言葉が良かったのか徹底的に考えたりしました。
とにかく「なぜ?」を考えまくって向き合う場面がすごく多いです。

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──「人と向き合う」という言葉を社内でもよく聞くのですが、なぜそこを大事にしていると思いますか?

そもそも会社として成長途上にあるという状況も大きいと思うのですが、
正解の形が決まっていない理念の実現を目指しているからこそ、
言われたことを言われたとおりにやるのではなく、
やる理由や意思を持って動くことを大切にしているからだと思います。

思考に深く切り込まれるので、考えが浅かったり狭かったりすると胃が痛くなるほどです…(笑)。
あとは、お店はスタッフ全員の総合力、チーム力で目標を達成していくという側面が大きいので、
よりお互いを知ったり話し合ったりするために、言語化して共有することが大事なのかもしれません。

──今だから言える、学生時代の自分に教えてあげたいことはありますか?

「日本を出て外を見ろ」です。
旅行でも良いと思いますが、個人的にはできれば1つの場所を一定の期間見ることも良いと思っています。

大学時代、国際関係の学部にいながら留学を選択せず、卒業後に協力隊として初めて海外に住みました。
そこで旅行だけでは分からなかったであろう現地の一面や人々の価値観が見えたことで世界が広がり、
自分のことや日本のことを客観的に見れるようになりました。
大学時代、悩むことも多かったのですが、
何を小さな世界で悩んでいたんだろう、もったいない、とつくづく思います。

──では、白神さんご自身で大切にしている考え方はありますか?

私はずっと「継続は力なり」をいつも頭の隅に置いています。
これを意識するようになったのは、小学生の頃にさかのぼります。

小学生の頃、運動があまり得意ではなくスポーツ万能な人に憧れていました。
ちょっとでも運動神経が良くなりたいと思い、
市の陸上大会出場に向けて毎朝毎朝練習していたんです。

大会出場のための目標タイムは最初は全然手の届かないものだったんですが、陸上100mでは最後の計測の時に初めて
予選出場の最低ラインである16秒を切ることができました。
「苦手でもがんばればできるじゃん!」ってふと思ったことをよく覚えています。
そして同じタイミングで読んだ何かの本に「継続は力なり」という言葉が書いてあって、
「決して器用ではない自分には、これが必要なんだ」と納得しました。

──まさに「継続は力なり」ですね!

念願の予選出場でしたが、練習会で力を出し尽くしちゃったのか、
本番の緊張がだめだったのか、自分史上最高タイムは、練習会最後のあのタイムでした。
だけど、がんばって一定の成果を出した自分を褒めてあげて、と当時の自分には言ってあげたいです。

──お父さま譲りの真面目さでコツコツ頑張ってきたんですね!

そういうことになるかもしれないですね。
ちなみに夏には水泳もやっていたんですが、そっちは泳ぎ終わったあとに力尽き、
自分でプールサイドにあがれなくなるという恥ずかしい思いをしました(笑)。

──さて、残念な(笑)エピソードを教えてもらったところでインタビューは以上なんですが、次にお話を聞いてほしいスタッフは誰でしょうか?

新宿店店長の建川さんにインタビューしてもらいたいです。

──建川さんはマザーハウスに新卒入社して店長になった、生え抜きの店長ですね。
建川さんを選んだ理由は何でしょう?

建川さんは同じ店長という仕事をしながら、入社動機は私と全く違うと聞いたことがあります。
マザーハウスのスタッフは、それぞれ違った個人の想いと、会社でやりたいことを持って入社しているので、
みんなブレない軸があると思います。
建川さんのブレない軸、インタビューしていただきたいです!

──ありがとうございました!

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