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インドネシアのジュエリー物語

2015年10月から始まったインドネシアからのモノ作り「ジュエリー」。この連載ではジュエリーづくりの向こう側を、携わる様々なメンバーたちが、ありのままの姿でお伝えしていきます。

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第1回 インドネシアのジュエリー物語

インドネシアへ

2015.09.22

この連載では、10月末から始まる
インドネシアからのモノ作り、「ジュエリー」の
向こう側をお伝えしていこうと思います。

私(山口)以外にも色んな著者が
出てくるかと思いますが、まずは最初の一歩
担当の私から。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私とインドネシアとの出会いはかれこれ
10年くらい前にさかのぼります。

バングラデシュで大学院生をしていた頃です。
「何したらいいのか分からないやあ・・・・。」

将来の進路に悩む一学生であった私は、
カンボジアに行ったり、タイに行ったり、
ウロウロ、ただの放浪をしていた。
その流れでインドネシアにも行って、
パジャマ工場とかを見学していた笑。
(大きな洗濯機に感動したことだけ覚えている)

さてそれから4、5年経ち、私は
マザーハウスの代表としてジャカルタで
開かれた世界経済会議に呼ばれた。

ユドヨノ大統領とお会いした。
輸出したい工芸品がたくさんあることも聞いた。
でもバングラの工場立ち上げで四苦八苦だった
私はインドネシアに踏み込む余裕はゼロ。

ただ、「いつかきっと。」という思いを持って
2015年。

暇な時にネットで知り合ったインドネシアの
職人がいた。

私は暇があると、世界中のモノ作りや
作っている人を探したりする。

その中で、サンプルまで取り寄せた職人さんは
バティックと呼ばれる生地を作る人だった。

本当に珍しく時間があいた時期があって、私は
ひょいっと工房見学にしにいきたいと行った。
「いつでもどうぞ」という返事が来た。

「よっしゃ、行って見よ〜。新しい場所、ルンルン」
と思いながら彼のアドレスを調べたのだった。

「ジョグジャカルタ。」と書かれていた。

「ジョグジャカルタ?ジャカルタの近くかな?」

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