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MOTHERHOUSE MAGAZINE
山口絵理子の日々思うこと。

五能線物語

2016.07.30

私はマザーハウスを作ってから、
心から恩人だと思える方々と出会うことができた。

そのうちの1人が「遠藤功さん」だ。

三菱電機に入社され、その後のキャリアを経て、
ローランドベルガーというコンサルタント会社の
日本の会長をされている方です。

遠藤先生と出会ったのは2006年。
マザーハウスの年齢が半年にも満たない時だった。

私がバッグを手売りしていた時。(お店もウェブもなかったので、
セミナーとか色んなパーティーにいっては、手で売っていた。)
遠藤先生の会社が開くパーティーに参加した。

それは女性の経営者の会だった。

私は、経営者の「け」の字も分からず、バングラデシュで
作ったバッグを手に、「とにかく売らなきゃ生活なりたたん!」と
思っていた時だった。

周りのきらびやかですごーくお仕事ができそうな
女性の経営者の中にぽつん、非常に孤独な感じでいたたまれずにいた。

(やっぱり、こういう会は私には無理だ。。。息がつまりそうだ。。。)

そんな風に思って帰ろうとしたのだが、
手にはバッグを4つもあって、1つくらい売って帰りたいと思っていた笑。

そんな時に、女性の輪の中に、背の高い男性がいた。

(あ、なんだがお金をもってそうな人だなあ〜。あ、そういえばあの人は
パーティーの最初の方で、なにやらステージでお話していた人だったかなあ。)
と私は失礼極まりない考えをもって、身の丈知らずにもその方に近づいていって話した。

「私、バングラでデシュで鞄作りました。その国で、大学院に通っていて、
卒業したばかりですが、貧しいって思われるかもしれませんが、
本当は、すっごくいいもの作れるんです。だから、それを形にしたいんです。」

そんな風なことを、100%一方的に話したのをうっすらを覚えている。

そしたら、なんと、「面白いなあ。」と仰ったのだ。
そして、手に持っていたバッグを4つともに、現金で買ってくれた。。。
嬉しいというよりも、安心した。
(これで少しバイト減らせるかも・・・・(当時バイトもしていたので))

以来、10年間、私の無鉄砲、無計画、無謀な挑戦を
本当に近くで見てくれている。

7年前くらい、あまりにもビジネスは厳しい世界で、
自分には遠すぎる夢だと思って、
組織の問題もたくさんあって、私は完全に弱気だった。
そして、先生と会う約束をした。

千疋屋で待ち合わせをした。

先生に会うなり、私は
「私には、、、無理だと思う。やめます。」といきなり号泣しながら
言った。

その時先生は、「馬鹿か。」と言った。

「だって、だって!ぐえーーーん!号泣」という私。。。

号泣して鼻水だらけなのに、おいしいメロンだけは頂き、
話しただけで、どれだけ救われたかは言葉にならない。

それから少しずつ会社が成長して、安定してきたとき、
ある講演会で、先生と一緒に対談する機会があった。

昔の私からしてみたら、想像もつかなかった。

ある1人の方が質問をしてくれた。
「遠藤さんは、どんな気持ちで、マザーハウスさんの挑戦を見ているんですか?」

先生は言った。

「リアルなドラマを見ているみたいだと感じます。
同時に、自分に出来る事は何かって思うんですよね。」と。

私は後半部分の一言が今でも忘れられない。

私はまた違う機会に先生に質問をした。

「私もいつか、先生みたいにビジネスのことが分かるようになりますか?」
「まあ、あと10年だなあ。」
「え、10年でなるの???」

そんな阿呆な質問した当時からあと6年で10年がたつ。
でも全くそのような気配はない。進むほどにどこまで自分は無知なんだと
気づかされるばかり。

そんな先生が、一年半かけて、一冊の本を書いた。
その出版イベントに昨日参加させて頂いた。

タイトルは「五能線物語 ー『奇跡のローカル線』を生んだ最強の現場力ー」

本を読むと、なぜ先生が私たちを応援してくれているのかが伝わってくる感じだった。

最後まで現場を信じ、現場を歩き、現場を光らせる、そんなJR秋田支社の
存続の危機から年間10万人が訪れる人気観光路線になるまでの現場の奇跡の物語。

ばっちしサインも頂きました〜♪ 
gonousen

今は自分たちのことで120%いっぱいいっぱいだけど、
いつか大きくなって、私みたいな無謀な子と出会ったら
「自分に何ができるかな」って考えたい。

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