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MOTHERHOUSE MAGAZINE
山口絵理子の日々思うこと。

手仕事について。

2016.06.06

イタリアで「職人」という名前がつく職種に従事する人の数が
減少し年々減少し、いくつかの職業が危機に瀕しているという
データを読んだ。

イタリア手工業総同盟は
「他の経済分野と違い、職人産業は、営業している事業者の数がはっきりと
減少を記録し続けている唯一の経済カテゴリーです。」と言っていた。

その中で、最も深刻なのは海運(-35%)、次にニット職人(-33%)
「AV機器の修理業者」(-29.4%)「家具の仕上げ職人」(-28.6%)
「肘掛け椅子・ソファの製造者」(-28.4%)「毛皮製造者」(-26%)「額縁職人」(-25.7%)
「わら縄張り職人」(-25.2%)「椅子職人」(-25.1%)
「トラック運転手」(-23.7%)「大工」(-23.2%)だという。

日本にも当てはまりそうな数字だなあと思ったが、もう少し考えると
これから途上国でも当てはまってきそうだなあとも思った。

私は仕事上、数々の途上国を見て来て、中でも手で何かを作る人たちを
探して、出会い、話してきた。

けれど、国々を俯瞰して思うのは、
手仕事は人件費が高くなってくると消滅していく、という
常に反比例の関係にあるように感じて、その感覚は日に日に
強くなる。

人間の手しか作れないものを作るために、
人間以外のものでも作れるものは機械に任せて効率化する。
そしてもっと大事なのはその機械を使いこなし、人間にしか
作れないものの領域をもっと大きくすることなのではないかと
思う。それがオリジナリティになるんだと思う。

私は、手作り大賛成、という派ではない。
大事なのは、お客様が欲しい時に欲しいものが入手できることであって
プロセスが手作りであろうと機械であろうと、
それはお客様にとって、どうかで決めることだと思っている。

だけれど、信念としてずっと思っていることは、
人間の手しか作れないものの中で
1番私が価値あるものは、温もりだということ。
モノには、不思議と形状や素材に関係なく、
プロセスから生まれる温度感が宿るから。
それだけは機械ではコピーできないんだ。
それなのに、あまりにも簡単に手仕事をやめて機械へと
移り変わる工場を見て、寂しい気持ちになることがある。
その先にはコストの競争しか待っていないのに。
その手でしか生み出せないものがあるんじゃないかって。

私は昔、ある工場でそれを言ったことがあった。
「じゃあ、あなたオーダーするのね?」と言われた。

そんな理想的な主張よりも、
求めるバイヤーがいるかどうかが生存においては全てなんだ。

至極当たり前のことを教えてもらったのだが、
それからもずっとモノ作りをする中で、その言葉が
気になっているし、一方で支えになっているとも言える。

(待っているだけじゃなくって、バイヤーを魅了するような
ものができたら・・・。)

待ちじゃない姿勢で世界に挑戦することができたら
工場はもっと活気に溢れ、作る事は楽しくなるはず。

そんなことを考えても、リアルに自分が工場スタッフだったら
どうだろうって考えみた。

ほとんどの途上国の田舎では工場でネットがつながらないし、
つながってもITレベルとして使いこなせるわけじゃないし、
飛行機にのったことがない人たちが
一生懸命働いているわけだから、海を超えて生活する人たちの
気持ちなんて頑張っても理解するのは難しい。

それが現実。

私にできることはなんだろうかっていつもいつも考えてる。
そしていつもいつも無力さでいっぱいになる。
だけど、そんな人たちと出会う時に少しでも役に立てる人間になりたいって
思う気持ちは変わらない。
その人たちの手でしか作れないものを一緒に追い求めていきたいし、
小さくてもいいから、成功体験を一緒にしたい。
今はまだまだ私には力が足りないけれど、今ある環境は少なくとも
そこに対して100%の力をぶつけられる。だから目の前の仕事を
一生懸命したい。

でも一つだけ強みはある。私はどこの国にいても外野だってこと。
だからこその視点をもって
何らかの新しさを口じゃなくても手で提供できる人間でありたいなって
今日は一ヶ月ぶりくらいの休日だったので
(ブログにはかけない支離滅裂な)日記を書きながら
思ったのでした。

雨降りコロンボですが、明日もがんばろう〜!

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