MOTHERHOUSE

MOTHERHOUSE MAGAZINE
山口絵理子の日々思うこと。

移転式典

2016.02.11

今日はバングラデシュのマトリゴール自社工場の
2階増床記念移転式典があった。

この場所へ移ってきたのが確か11月。
それからすぐに式典をやろうと思ったのだけれど、
2階ができてからにしようってみんなで話し合って
ついに今日行われた。

広くなった工場に裏地の工場の人、レザーをいつも一緒に
開発してくれているみんな、YKKジッパーの皆さん、
ジュートを織ってくれているみんな、出荷をしてくれている
フォワダーのみんな、自社工場で作りきれない数を
作ってくれている提携工場のみんな、そして海外送金など
お世話になっている銀行の皆さん、バングラデシュジュート協会の
皆さん、本当にたくさんの方がいらっしゃってくれました。

マムンさんが最初にスピーチをして、続いて山崎さん。
マトリゴールの歴史を短い映像にして伝えてくれました。

私は、久しぶりに民族衣装を着ました。
すごく緊張しましたが、ベンガル語で改めて
2004年にこの国に来た時の、孤独だった戦いから
10年、今こうして160名のマトリゴール、参加してくださっている
みなさんと一緒に、新しいものを、この国から生み出せていることが
夢のように思う、夢を可能にしてくれたみんなに
心から感謝の気持ちを述べたいと思います、と話しました。

speech

ステージから見えたマトリゴールみんなの真剣な顔は
忘れません。

1人1人が頷いてくれるから、私は「泣かないぞ!」って決めていたのに
涙が溢れてきてしまいました。

最後は、勿論私たちのボス、工場長のモインさんのスピーチです。

モインさんは何を話すんだろうって全く私たちは相談していなかったので
知りませんでした。

ベンガル語で話した内容の半分が私が起業したときの
様子だったため、びっくりしたのと同時に、
また涙がでてきてしまいました。

「日本のように何も不自由ない国からこの国へ来て、
ハジャリバーグという現地の人間さえも行きたくないような
場所を歩き回り、160個のバッグを作ることからはじめた
1人の女性が自分に限りないモチベーションを与えてくれている」って
彼は話していた。

そして彼は言った。

「ボクたちにできないことはないじゃないかって。
今のマトリゴールがその証拠だって。
そして、モインさん、マムンさん、山崎さん、私の4人の結束は
国境を越えてきた」って言っていた。

最後に、
「マザーハウス日本への大きな大きな感謝を述べたいって、
日本で働く約80人ちかい、マザーハウスジャパンの
彼ら、彼女たちがいなければボクたちはここまで来れなかった」って
言っていました。

私は、このブログを通じて、今日本で働いているみんなに
モインさんの言葉を伝えたくて書いています。

みんなのスピーチが終わって、バングラデシュで最も大きな
Jute Associationという協会のトップの方、つまりそれは、世界で最も
ジュートを輸出している方なんですが、私に涙目でこういいました。

「バングラデシュのために、本当にありがとう。
今日のこの2時間だけで、本当に多くのことを学びました。」と。

モインさん、マムンさんは、本当に誇らしげに見えた。
彼らが話す言葉は、どんな人の言葉よりも胸に響いた。

帰り際、モインさんの8歳になる娘さんも来ていました。
私が、また泣いちゃったよーって若干反省しながら
鏡を見ていたら、彼女がトコトコ私のところに来ました。

英語を習い始めているようで私にニコニコして言いました。

「My father really really likes Motherhouse.」

私はベンガル語で言いました。

「あなたのお父さんを心から尊敬しているよ。」って。

そしたら彼女が英語で言いました。

「Me too.」って。

とっても可愛かった。

家のような工場を目指してもう10年。

新しい次の10年、この国の希望の星になるような
工場を作るんだ。

みんなと一緒ならできる。

そしてそれは必ず他の途上国の希望の星になる。

ceremony

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