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MOTHERHOUSE MAGAZINE
山口絵理子の日々思うこと。

帰り道

2015.10.22

またまた死にそうになった空港への道のり。

バングラデシュは今日から3連休ということがあり、
ザ・渋滞。

それを甘く見ていた。

とはいっても心配性の私なので空港に2時間半前に
到着する見込みで余裕で家を出た。

しかし、家から歩いて10分の地点までいくのに
40分が経過した。

「・・・・。なんかおかしいぞ。」

運転手のサイフルに聞いた。

「これはひどい渋滞だね。」

「そうですね。今日はみんな実家に帰ったり
するのです。」

「なんか嫌な予感がする。」

全く進まない。歩いた方が確実に早い。

もう夜中だった。

前のトラックの人なんて車から出てきちゃって道ばたで
タバコを吸い始めた。

動く気配は全くなしだ。

「まいったなあ。」
サイフルはなぜかいつものようにあまり
焦っていない。

少し動いた。
「ゴーゴー!」

また止まった。

その繰り返しで1時間が過ぎた。

「まじでまずいね。」
私はモインさんに電話をした。

「その道を出たらすぐに右に曲がって。
多少回り道でもこのままだと今日は
まずいから。」

「ラジャー。」

モインさんの言う通りの道を私たちの車だけ
突き進むことにした。

真っ暗だ・・・・。
誰も前を走っていない・・・。

本当に大丈夫なのか・・・。

100mくらい走ったところで暗がりから
誰かがでてきた!

「ぎゃー!」

POLICEだった。

私は何も悪いことしていないのに
その出現の仕方から異常に恐怖心を抱いた。

そしてとっさに、英語しか話せないふりをした。
「Go to Airport! Hurry Hurry!!」

「お、お、オッケーオッケー」

なぜかポリスの方も少しうろたえている。

人間、なぜこんなに動揺しているのに
ベンガル語を話したら話しが長くなると
判断できるのだろうか。

ともかくまた暗闇を突き進む。

「ガコーン!!!」

「!!!!なに!今度は!」

「道が斜めになっています!」

まじかよ。ダッカの車の事故トップは
横転なんだからね!

もう息があがってきた私。
私は気をまぎらわせようと
結んであった自分の髪を短いくせに
三つ編みしはじめた。

そしてでこぼこな暗闇をひらすら進む中で
いつもの思考に。

「よし、最悪の事態を考えよう。」

1:飛行機に間に合わない。
2:サイフルと共にまた家に帰る。
3:明日のフライトをチェックする。
4:明日の予定をキャンセルして
タイ経由で帰る。

「そうか、まあ死にわけじゃないな。」

そう自分へ言い聞かせていたら
1台の車が突如として前に出現。

私は仲間が出来たようで少し安心したのだが、
全く違う角度からの問題に発展した。

「おい、おい、サイフル。大丈夫だから!」

そう、サイフルがこの車を追い越そうと
躍起になったのだ。

何の意味もないデコボコ道で、追い抜く
幅もないし、別に彼らも遅いわけじゃないのにだ。

更にその煽りを嫌がるように前の車は
クラクションをピッピならしている。

これ、前の車から人が出てきたら
喧嘩になるぞ、と思った。

そしてその光景がクリアすぎるほど
イメージできた。暗闇で運転手たちの乱闘。
誰も気がつかない・・・・。
まずいぞ。

私は「急げー!」と言っていたのに一転して
「サイフル。大丈夫だ。ゆっくりだ。
飛行場には必ず着く。」

サイフルの気を落ち着かせようと
カーチェースをやめさせるために今度は必死だ。

しかし、少し歩道が広くなった時に
「いまだ!」と私は叫び、追い越した。
サイフル、こんなボスでごめんね。

「よっしゃ、このまま飛行場へ!」

でこぼこ道が開けて
少し明るい場所にうつって漸く私は
平常心を取り戻した。

「あー、サイフルー、ここどこー?」
フラフラになりながら聞いた。

彼は答えた。
「ハジャリバーグですよ。」

「ハジャリバーグ・・・。」

それはなめし工場があるところ。
実は今まで細くてぼこぼこした暗闇の道は
私がいつも通っていた道だったのだ。

人間が行く道じゃないと思ったのに・・・。

とにもかくにも私たちは飛行場を目撃した。

フライトまでなんとか間に合った。
が、フライト自体が遅れていた。。。

いつも本当に「神様、ありがとう。」と
叫びたくなる出張でした。

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