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山口絵理子の日々思うこと。

年末の内的雑感。

2021.12.25

今年も終わろうとしている。
気がつけば丸っと1年、1歳になったばかりの娘と一緒だったから、一人こうしてnoteを書く時間もガクッと減ってしまい、すごくたくさん日記に書き綴ってきたことが散乱してるんだけれど、自分にとって、結構印象が大きかったことを書いておきたいと思う。それは、すごく内的なことで、会社の大きなあくしょんとは全然違うんだけれど、自分の中ではすごく大きなことだった。

一年前の今日は帝王切開の傷がまだ痛くて、しんどかった。
そこから育児しながらなんとか物作りを進めて2月には結構仕事に復帰していた。
子供が生まれたら自分のデザインやクリエイションやoutputの量や質がどうなるんだろうと少しばかり不安だった。
しかし、この一年は気が付けば、起業してからの15年間で最も型紙を起こし、最も多くのサンプルと開発を進められた気がする。
一番近くで見てくれた佐藤さんっていう日本の職人さんは、そんな私のデザインについて、「泉のように湧き出る」と表現していた。

自分でも不思議だった。
体力もないし、寝不足だし、腰痛だし、体は疲れているんだけれど、ものを作る世界が、純粋に、楽しさを増した。

いつものルーティーンで、型紙を折り始めるのに、頭は空白状態なのに、手が動くっていうのが、後ろに誰かいるような感じで、面白かった。

4000個程度をこれまで作ってきたが、今年で多分5000個近くになったきがする。
ボツになって、すてた山ほどのサンプルも含めれば。
別に数をこなしたかったわけじゃない。頭よりも手が動く感覚的なフェーズに入っていくのは特に力を必要としなかったから、なんとなく、感じて、作ってきた。

「素材に導かれている」とは、たぶん、きっとこういう感覚を言うのだろうなって、少し理解できた。

ゾーンに入った私の集中力は人よりちょっと高くて、保育園に迎えにいくまでの少ない時間でも、十分に全てを使い果たす感覚でいつも作業を終えていた。
こんな風になれると思っていなかったけど、不思議にこの境地にこれたことは、家族が作り出してくれた環境のおかげか、趣味でやっていた陶芸の感覚が脳内で革に取って代わったか、いずにしても非常に稀有な体験だったのだ。
あんまり言うと気持ち悪いから、ここらへんにしよう。

あ、でもその後に、再び山が来たのが、服だった。

服作りは、パタンナーがいるから結構任せていた部分が多かったのだが、なんとなく、自分が素人なりに構築するものがどういうものか、本気で知りたくなった。
生地を取り寄せてもらって、初めて自宅で、ザクザク、インドの高価な生地を使わせてもらった。

快感だった。

再び、生地に導かれるように、ミシンを続けた。
子供が起きる朝4時半から、ヒートテックを着ながらミシンを縫っている私を旦那は面白がりながら、最大のサポートをしてくれた。
朝水を飲んで縫い、夜寝る前まで縫って、私は20着くらいを完成させて、また違う世界をしれた。

立体という意味で、革と生地が重なる部分が楽しくて、革より柔らかい生地は繊細で女性っぽいなって触りながらいつも思っていた。
コーディロイも、綿も麻も、個性が全然違って、主張してくるなーってニヤつきながら縫っている私。

そして、数日前に、ついにスリランカの職人さんと一年くらいかけて作ってきたサンプルが日本に届いた。
思わず二度見してしまったんだ。あまりの美しさに。

ジュエリーは初めて6年目。また新しい世界が見えてきた。

こうして、私はさまざまな素材と向き合うという道を育児をしながら今年は歩いてきたのだ。

コロナで騒いでいる外の世界がある一方で、内に内に、私は私にしか感じられない面白い世界を堪能している気分だった。

それは、苦しい時代を乗り越えようとする自分の反射的な行動のようにも思えた。

心のどこかで、「今は外より中に向かうエネルギーの使い方をした方が、得だよ」ときっと思ったんだと思う。(本当に私は、無駄な努力や非効率なことが嫌いな人間だなってこういう時に思うんだけれど。)

そして、複数の素材を扱うことで、自分がそれと対話できる能力みたいなものが、自然と脳内に生まれてきたことを実感できた一年だったんだ。

そう、だからそれが、自分の中で、長らく歩いてきた道に対して、非連続性を感じ、驚きと興奮な数日間があった。

それらまだ、開花はしていないがその種は、強烈に心や頭や手に残っていて、「わー、見つけたぞー」って今でも、すごい嬉しい感じがある。

何か一つを続けることは、とっても大変だし、飽きもくるものだと思う。
よく人に言われるんだ。よく飽きませんねって。

(飽きるような薄っぺらいテーマは掲げていない。)って心の中で呟く私。
途上国からの物作りについてはアクションがとても大事だが、物作りと表現活動という世界は、経営の何倍も難解なテーマだと思う。

なぜなら何かを作ることを通じて、自己を投影していると感じるから。自己の変化を形を作ることを通じて感じ、学び、自分とは何者かを知る旅路だからだ。
自分が時代の変化を受けて変化していくと、不思議と手や心の反応も異なってきて、ぐるぐると時代と自分は追いかけっこする。そして、それが人生だったと思うんだと思う。

マザーハウスは、それを途上国で作り先進国で売るということをしているから、あまりにも多くの外側のさまざまな要素を考えないといけない。
ある意味でオペレーションが非常に重要な仕事で、緻密な計算とリスクを二乗したような世界で美しいものを届けるっていうバランスを突き詰めた職人芸が必要だ。

だけど、もの作りの最初の一歩の一歩は、こういう心の物凄く繊細な動きから水面下で黙々と、そして、虎視眈々と開始される。
こういう風に自分や物作りを捉えているので、たまに取材で「とても作家的」「まるでアート」だなと言われることがある。

でもアートにはない面白さは、敵がいて、味方がいて、仲間がいて、時代という巨大な生物が舞台だってこと。

そうした自分の居場所が今年は厳しい時代なのに、さらに面白く感じた理由は上記のような不思議な内的体験をしたから。

でもそれは誰とも共有できない。なんて言ったらいいかわからないし笑。でも、何か、異なる世界に連れて行かれる予兆のような気がするから、それがすごく楽しみで仕方がないの。

「はっきり言って、違う場所に連れていくよ。」と何度か山崎には大真面目に言っているのだが、「ありがとうございまーす!」ってこの前言われた笑。

まあ、こうして一人でダラダラと気持ち悪いことを書いているので、最後くらい一般化したいんだけれど、こういう体験で学んだこと。

「力を抜く方が、力を入れるより100倍難しい。」

私みたいな、自分でいうのはなんだが、真面目なタイプの人間は特に(笑)。
それは、脱力とはまた違う。何か言葉を作りたいくらいなんだけれど、「自然体」という感じともまたちょっと違って、すごくフラットに全てが見えて、頭がぐにゃぐにゃスライムみたいに柔らかくなって、「なんでもアリだよね。なんでも考えられるよね。タブーはないから選択肢の山だし、AからBじゃなくてAからZに飛んで、Bに戻れる道も作れるね」って思えた。

これまでは頑張って、アイディアを引き出そうとしていた。それこそ、寝ずにスケッチブックに山ほど描いて、描けば描くほど駄作なのに、安心していた自分もいた。

そうして、世に出したプロダクトは人気も出たし、街中でも見かける。
けれどそういう頑張り方が、現実的に育児と仕事の両立で難しくなったとき、私の脳みそは違う方法を提案してくれたらしい。

もしかしたら、0歳の娘を見ていて無意識に私は彼女から学んだのかもしれない。
脳内にあった情報の山をごみ箱に捨てて、空白地帯を広げることを。
そうしたらてんこ盛りの創造の泉が湧いてくることを。
ありがとう、マイプリンセス。

本当に余計な力が抜けた時に、人は究極に素直に、物事と対峙して、ありったけ吸収できる。そして、「らしさ」を受け入れることができる。そして、時代や、自然の「流れ」にとーっても敏感になれる。

何より、「何が本当に大事なこと?」って問いが常に浮かんでくる。

生きていく中で、働く中で、「本当に大事なことって僅かなんだ」と私は40歳になって感じている。

そう思えたら、ものすごく、楽になったし、ものすごく、結果的にoutputが出るようになった。

でもそれは、がむしゃらすぎた30代を経て、気がつけるようになったことでもある。

そして、狂気じみた20代があったから笑。

だから、そう、何も無駄なことなんてなくて。道が途切れたと思っているのはその時だけで、振り返り俯瞰したら、広い幅の道を歩いていただけなんだ。

「大事なこと」。それが解像度高く見えているかどうかが、生きていく上でとっても大事なのに、多くのビジネス書や啓発本には書かれていない。

と言っても、言葉で全然うまく説明できていない私なんだけれど。

感覚や五感で握っているような類のスキルは、本当にますます重要になるだろうなあって思いつつ、論理的思考で説明することが全く上達していない自分である。

そうそう、コロナで、オンラインで会う、ということが可能になって、今年は5000人くらいは高校生や大学生と対話できたように思う。(隠れライフワークと思っている)
希望を持つことがとても難しい時代なんだってことを、彼らとの対話でひしひしと感じてきた。ただ、彼らにも、情報にどっぷり浸かることではなく、自分との対話の大事さを伝えてきたつもり。(毎回こっちが感動してしまうような感想文をもらう。)

本当に大事なこと。

つまり、総括すると、コロナであっても、こんな風に私は内的冒険をして過ごした。行動が制約されても、脳内や心理は今まで以上にとっても自由に羽ばたいた。

それって、私たち人間が持っている素敵なスキルの一つだよねって思って。

はい、年末年始にこんな内的雑感を読んでくれてありがとう笑。

内的雑感。いい言葉だな。

内的冒険はコロナだってできる。来年も思いっきり楽しむぞ。

お付き合いどうぞよろしくお願いします!

Thank you and have a nice happy new year.

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