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MOTHERHOUSE MAGAZINE
山口絵理子の日々思うこと。

日常で感じた違和感

2020.03.21

最近、ひどく落ち込んだ、困惑した出来事が立て続けにNPO関連であった。

わたしはビジネスでも社会問題を解決できる、すべき、と考えるタイプの人間だけれど、もちろん、ビジネスだけでは救えない、解決できないより公的なことを実現するためのNPOセクターの存在意義については異論をもっていないし、本当にたくさんの私欲よりも公的な利益を追求している素晴らしい人たちがいることも知っている。

ただ、この数週間、私の日常生活で二つのNPOと接したエピソードがあって、どうしても、こうしても、気持ちがスッキリしないからこのnoteを書くことでみなさんに私の違和感って変?!みたいなことを確認したく・・・。(noteの使い方あっている?)
(これから書くことは、本当に一個人としての憤りであるので、会社とか肩書きとは全く無関係です)

私は都内に住んでいるんだが、スーパーで買い物をする。(笑)
で、ある日いつも使うスーパーの入り口に手書きのポップ(小さなポスター)が貼ってあり、「期間限定!障害者施設の人たちが作った手作りの玄米パン」を売っていた。

私は、なんとなく足を止めて、ビラを真剣に読んだ。
「素晴らしい活動だなあ。」と素直に思った。

私の会社も、百貨店などで催事をしているので
「この人たちは、このスーパーに置いてもらうために、大変な交渉をしたに違いない」と思いを馳せた。

私はそのパンとビラを睨めっこした数分後、パンをレジカゴに入れた。
正直期待をしていなかったのに、翌朝、温めて食べたら、本当に美味しかったのだ。
私は感動した。ここまでくるのに大変な努力があっただろうな、と再び思いを馳せた。

その翌朝も、私はその活動に思い馳せながらモグモグ、コーヒーとヨーグルトと玄米パンを食べた。

その翌朝、そのNPOのウェブサイトを調べ、活動を拝見させてもらった。
ウェブのクオリティはいけてなかったけれど、様々なパンが一覧になっていて個人への配達も行っていると書いてあった。

私はメールをした。

「とても美味しかったです。そして活動に賛同します。色々ミックスで5000円分くらい送っていただけますか?(5000円分は私には多かったが、実家などに送ろうかと考えていた)」と書いた。

すぐに返事がきて、「味の好みはありますか?」など本当に丁寧に聞いてくれ、何度かメールのやりとりをした後に「お見積もり」と書かれた返信メールがきた。
見ると、1万円以上のパンのリストになっていた。
さすがにパン1万円分食べたらちょっと栄養が偏るぞ、と顔面蒼白になった。

施設の財政のことに思いを馳せ仕方ないかあと思った。柔らかく理由を伝えて、数品減らしてもらったのだが、正直感じはよくなかった。

1週間後、自宅に届けてくれた。
翌朝、ルンルン気分で、同じパンを食べようと思いコーヒーを入れた。
しかし食べた瞬間に、「これ違う商品じゃないかな」と思う味に本当にびっくりしたのだ。
おかしいなあ、と思い色々と一口ずつ食べてみたのだが、本当に本当に申し訳ないんだけれど食べられた味ではなかったのだ。

いちいち、小さいことで悩む私。
数日悩んだ末に、「お客さんのフィードバッグによって私の会社は品質を少しずつ高めていけた」と振り返り、私もフィードバッグをしようと決意した。

嫌な感じにならないような文章かどうか、自分のブログよりも何度も見返した。
改善していってほしい、活動を応援しています、という一顧客の意見を自分なりに丁寧にメールをしたのだった。
ただし、注文を取る時の即座の反応とは全く違い、そのメールへの返信は一切なく、一ヶ月近くたとうとしている。

違和感、違和感・・・・・。

(私のメールはただの苦情として扱われてしまったかなあ、送らなきゃよかったかなあ、とうじうじその後も悩む日々だった)

続いて、もう一件、実は私は児童養護施設を援助していた。

私には子供がいないが、子供のために何かしたいという気持ちはずっとあった。児童養護施設全国電話をかけて(そのプロセスの中で正直すんごい問題意識を感じたのだが省略)、対応と運営能力があると判断した施設を訪問し、面会し、とても考えがしっかりしていると自分の目で判断したところに、微力ながら寄付をしていた。そこの心理カウンセリングを行う別棟の家賃を一年分負担していた。

わずかかもしれないが、私は子供達の心がうまく回復できるように、自分ができることはないか、考えていた。彼らとは比較にならないが、私も小学生のときいじめられて、閉じこもった生活をしていたので、なんか少しでも子供たちの明るい未来を作る手伝いがしたかった。だからその部屋を新しく借りるときも、ソファ、机、カーテン、全てを選び、色彩と素材のバランスを考えて購入した。

ただ、それからというもの、何も活動の報告はなく、つい先日携帯のショートメールで、「家賃一年分お願いできますか?」と短文が届いた。

正直、驚いてしまった。普通、(うちは投資は受けていないが)一般の企業だったら、投資してもらう時にはとてつもない説明責任があり、報告義務があり、どれだけ大変な努力をしているだろうか。それを長いブランクの後にいきなりショートメールで依頼するその姿勢に、正直NPOの体質的な問題まで思いが及んでしまい、今でもモヤモヤしている。

社会問題を解決する哲学、ミッション、運動には心から賛同している。
しかし、その原資がお金であることは企業と同じだ。
お金が余っているから寄付をする人もいるかもしれないけれど、所得にかかわらず、活動に賛同して寄付をする人も山ほどいる。
せめて、最低限の報告や説明責任は果たしてほしいし、社会的な目的と両立できる範囲でいいので、彼らが提供する物やサービルレベルの向上をしていってほしい。パンだって、レシピを改善することは、社会的ミッションを変えないでもできるんじゃないかな?児童養護施設も、お金がなくなったらショートメールで依頼をする方法はやめて、せめて対面した形で、報告と共に依頼することがなぜできないのだろうか。

公的なサービスを実施すること(社会性の実現)と、提供するサービスや物について向上することというのは、本当に両立が難しいのだろうか。

企業にはわからない苦悩があるのかと思うんだけれど、欧米のNPO、NGOはもう少しそこのバランスが上手のように思う。このような時代、第三セクターの存在感はより大事になると思うので、願いを込めて、日常の違和感、投稿しました。

(※写真は記事と一切関係ありません)

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