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山口絵理子の日々思うこと。

首相官邸にてハシナ首相と。

2019.05.30

「バングラデシュ、ハシナ首相が来日され、晩餐会を行います。」

日本大使館から、招待状が送られてきた。

光栄すぎる話だが、うちのスタッフは「どうせ山口さんは断るんだろう」と思っていたらしい。
私の「参加」という答えに、少しキョトンとしていた。

確かに、私はいわゆる、社交界みたいなものが大嫌いで、飲み会さえも、行かない。
でも、なんとなく、「今回は行こう」という直感で決めた。

インドのマザーハウス 工場で作られたジャケット、スカート、シャツを着た。
「こういう時のためにジャケットってあるよね。」
朝クローゼットをあけてそう思った。

事務所からタクシーをつかまえた。
「首相官邸まで。」というと、
「記者さんですか?」と聞かれた。
「お食事会があるんです。」というと
「はい??」と言われ、会話が終わってしまった。

官邸について降りようとすると
「はいはい!どいてどいて!!!ここは歩いちゃだめ!!!」と
ものすごい剣幕で、警備員に「あっちいけ!」のアクションを取られる。

私は、びくびくしながら招待状を見せると、ガラリと表情が変わって、
「中へお進みください。」と言われた・・・。

(なんだよなんだよ。)

私は自分の風貌からいつだってこういう扱いをされる。

首相官邸に入ると受付があった。
中から人がでてきて「ご案内いたします。」と言われ、更に奥に進んだ。

中に入ると、ふわふわの絨毯と、シャンデリアが輝いていた。

「こちらで少しお待ちください」と言われた会場では、すでに呼ばれたゲストの皆さんが歓談をしていた。

やっぱり、先輩方ばかりだった。
なんだかとても私には、やっぱり自分が場違いが気がしてしまった。

しかし、そんな気遅れしてしまっている自分に、色んな方が話しかけてくれた。
経済産業省副大臣、外務省書記官、衆議院議員、、、もうなんだか恐れ多い皆さん。

「あれ、昨日テレビにでてなかった?!」と言われた時にはもう本当に恥ずかしかった。(真田一族のテレビ・・・)。

そして、中にはベンガル人の招待客の皆さんもたくさんいた。
なんとなく日本人とベンガル人と、別れてしまっていたから私はベンガル人の方に自己紹介をした。
皆さんは、例えば、商工会の議長とか、首相官邸補佐官とかだった。

会場でベンガル語を話す日本人が私だけだったため、すぐにみんなが集まってきた。
そしたらなんと、一人の方が
「あなた、超有名人じゃないか!」
「私、あなたの香港のお店いったのよ!5個も買った!!スーパークオリティ!」とすごい興奮状態になっていた。

「わあ、、、光栄です。マダム。」
私はそう言うのがいっぱいいっぱいで、改めて、マトリゴールのみんなに感謝でいっぱいになった。

会場にアナウンスが流れた。
「今から、安倍首相、ハシナ首相に、一人ずつ握手をしてから、ディナーにいってもらいます。一列に並んでください。」

(わあ、そんな儀式があるのか!)

列に並び、順番がきた。
安倍さんは、少しお疲れな顔をしていた笑。
「マザーハウス の山口です。はじめまして。」
私は隣にいたハシナ首相に
「アッサラームアライクム!」と言ったら、「ワオ!」と言っていた笑。
思ったよりも、優しく、暖かい印象の人だった。

そのあと、テーブルに分かれ、晩餐会がスタートした。

安倍首相からのスピーチだ。
「両国の友好関係構築に尽力してきてくださった皆様、本当にありがとうございます。」

もちろん、会場全員に向けた、形式的な言葉かもしれないが、
私には、その言葉がずっしりと重く、自分でもびっくりしたが、涙がでそうになってしまった。
(両国の友好関係、、、、)

私の頭の中には、たくさんの思い出が浮かんだ。
人質テロ事件の中で工場にいけなかった期間の気持ち、起業したときの非常事態宣言の時の気持ち、やまほど。

涙をこらえながら、次にハシナ首相のスピーチは感動的だった。
バングラデシュ独立のために戦った彼女のお父さんの時代から、
日本が大好きで、家にはたくさんの日本の美術品があった話からスピーチがスタートした。

パーソナルなことを共有してくれて、とても親近感が湧いたし、言葉選びが非常に繊細で、素晴らしかった。

そのあとは、テーブルで和食をいただいた。
私の両隣は、なんと首相のセキュリティフォースのトップ。
それから、首相の「Speech Writer」だった。
二人ととても仲良くなってしまった。
特にスピーチライターの方と話をした。
「ハシナさんはあなたにとって、どんな人?」
「僕は10年間、Speech writerをしている。彼女はいつだって、コンセプトを僕に話して、僕が厳密に文章をかいて、彼女に見せるんだ。そこに彼女は自分の追記をする時もあるしね。彼女は、とっても優しいが、とても強い人間だ。」
「休みはあるの?」私が変な質問をすると、彼は笑って
「今回はないよ!明後日にはまた海外だ。」
「日本に来たら、温泉とかいくの?」
「いける時間なんてないさ!」
「あら。残念だね!年に何回海外に首相はいくの?100回?!」
私の質問に彼は笑って
「そんなにいくわけないでしょう!まあ、8回くらいかなあー。」
「うそ!!!もう少し行くのかと思っていた。私の方がよっぽど多いわ。」
私がベンガル語で、そんな話をするのでセキュリティのトップが面白がって話に入ってきた。

「君がシャバール(うちの工場があるところ)で、働いているところを見てみたいな。バングラにきたら、必ずオフィスにきなさい。」
「はい!了解です。」
「何か困ったことがあったら、必ず力になるからね。僕の友人たちは首相官邸、軍隊、いろいろいるから、大丈夫だ。」
「そんな光栄なこと、、、本当にありがとうございます。。」

私は胸が熱くなった。

彼らは和食を頑張って食べているように思えた。
ベンガル語で、ベンガル人たちが話していたことを私は聞いてしまった。
「この味、薄いよね・・・・。小皿でたくさん出てくるな。。。。」と言っていました!!!ププププ!

「お塩、もらいますか?」と私が聞くと、大笑いしていた。

それから会が終わりかけた時、なんとスピーチライターの方が私に
「首相のところに行こう。」といって手をとってくれたのだ。
「は?!いいよ!!!私なんて!無理!!!」

テーブルを超えて首相のところにいくなんて、なんて恐れ多い、、、と思ったのだが、
彼があまりにも、「大丈夫だ!」みたいな顔をしているから、私はビクビクしながらハシナさんのとろこにいった。
「アッサラームアライクム。私の名前は山口です。バングラデシュに工場を作り、
そこでバングラデシュの素材を使って、みんなで、現地の250人のみんなでバッグを作っているんです。
バングラデシュでNo.1の工場を作りたい。可能性を世界に届けるようなブランドにしたくて。」

そう話すと、彼女は目を丸くしていた。
「私はBRAC大学院をでているんです。」と加えると、更に驚いていた。
そして、優しい握手をしてくれて、一言いった。

「You did great job」

私は、こんなに感動した一言をもらったことがない。
政治の問題で、13年、振り回され、正直言うと、バングラデシュの政府をなんども憎んだこともあった。

なぜ市民の生活を翻弄するのか、と。
なぜ健全な経済活動をさせてくれないのか、と。
戦った非常事態宣言の時。それでも出荷をとめるわけにいかなかった。
毎回の選挙で治安悪化を受けながらも、セキュリティのかかった車で移動していた時期。政権交代で変わる制度、方針。
現地に根付くというのは、本当にたくさんのことと戦いながら、だった。

それでも、安倍首相の「友好関係」という言葉、ハシナさんの「great job」という言葉に、
私は少しだけ、これまでやってきたことが少しだけ、二つの国の架け橋になれているのかも、と思えて胸があつくなった。

工場長のマムンさんに写真を送ると、
「誇りだ。僕らの誇りだ。工場に飾るよ、ありがとう。」
と大興奮していた。

会場にいるのは私だけれど、この首相官邸まで自分を連れてきてくれたのは、
マザーハウス で働く10ヶ国のすべてのみんなと、
私たちの商品を日常生活で使ってくれているすべてのお客様のおかげです。

昨日は、一つの素晴らしい思い出をいただきましたが、更に強い橋を二つの国に架けることができるブランド、人間になります。
2021年完成予定の、新工場では、バングラデシュのものづくりや、労働の定義を大きく変換する、夢と創造の工場を作るつもりです。
国益という言葉で埋め尽くされる国際関係ですが、国を超えて、共感、共有できるものを見つめ続けて、探し続けていきたい。

山口絵理子

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