MOTHERHOUSE

MOTHERHOUSE MAGAZINE
山口絵理子の日々思うこと。

37歳。鳥の目虫の目自分の目。

2018.08.21

わたくし、37歳になりました。

世界中から、それぞれの時差で、お祝いの言葉をもらえる朝、
こんなに幸せなことはないです。

健康で、無事で、素敵な仲間や環境で、また年をとれるのというのは、
やっぱり最高に贅沢なことだと思うんです。

国内外で、支え、励まし、笑顔をくれるみなさんに、感謝でいっぱいです。

誕生日ということで、まずは振り返りを行おう。

「36歳は一体どんな年だったかな。」

うう・・・覚えていない・・・。

最近非常に物忘れがひどいのです。

えーっと、ブログを巻き戻していくと、36歳の8月21日。
私は、その翌月に放送されるカンブリアの収録関係のことで悶々としていた。

そしてリアルに覚えているのは、その放送が嫌すぎて、8月に行ったネパール出張で、
ホテルからなぜか山崎にブチ切れるという八つ当たりを行っていたらしい。

うー、37歳はそういうところ成長したいね。(本気度薄)

そしてなんといっても36歳一発目のコンセプトラインは、「風まとう」だった。
これが現在の大ヒットにつながるなんて、思ってもみなかった。

単純にコンセプトに忠実に、必死に型紙切っていた。

このシリーズをみんなに見せたときに、あんまりいい感触が正直なくて、
「だめだったかなあ。でも自分としては表現したいものはしたんだ。」って言い聞かせてた。

9月、一年で一番緊張した月だった。
村上龍さんという人物に出会い、テレビが放送された。

情熱大陸の記憶があって、山ほどの批判と心身共にダメージくらうことを覚悟していたが、
予想外にたくさんの応援のメッセージをもらえた。

情熱の時と違うのが、「ああ、この人、昔なんか、聞いたことあるな。もう10年以上やってたの?」
という記憶が薄まっていた人たちからの非常にリアルで率直なコメントだった。

それが、私には結構うれしかった。

(続けてまっせ。)って言える自分が、嬉しかった。

10月以降、36歳の達成感、苦しみ、楽しみ、ほとんどを占める出来事がはじまった。

コルカタ立ち上げ。

現在のMotherhouse India 現地法人自社工房とそこで働く15人のインド人のみんなにつながる、
最初の一歩を私は36歳の10月に踏み出していた。

まるで数年前のように思う。

36歳、10回程度コルカタに行っている。
0からの挑戦を、コルカタで、カディの布を握りしめ行うなんて、思ってもみなかった。

ぶっちゃけ、大変でした。。。

でも、1年を通じて、自分がもっている哲学を遂行したと思える。

パキスタンのカラチ、ラホールでの、大規模な講演会も人生にとってここまで
チャレンジングな経験をさせていただけるなんて想像していなかった。

本当に腑に落ちた1年の過ごし方ができたって思えることは、とても胸をはれるんだ。

もちろん、問題もたくさん、悩みたくさん、暗闇続きではあるけれど、自分が一番恐れていることはしなかった。

それは、自分の人生という有限な時間について、自分が腹から納得感がないことを、
自分の信念を曲げて、あるいは信念に問いかけることをせずに、結果として本質的に
最も大事だと思えることではないもののために、注ぐこと。

私は、それだけは避けたいなと思っている。

もちろん、やりたいことはたくさんある。
経営者として、デザイナーとして、女性として、1人の人間として、やりたいことや、
やってみたいことって、山ほどある。当たり前だけど。

でも、人生って有限であることを私は、子供の時からなんだか自覚している。

死生観とはちょっと違って、一定期間の中で、できることは限られているっていう
少し悲壮感もある感覚をもっている。

だとしたら、その中で、一体自分が何を選択するのか。

大小、たくさんの意思決定のタイミングが当たり前に私にも訪れたけれど、
一回一回の「選択」を真剣勝負してきたつもりだ。

それが今の心地いい「37歳の迎え」につながっていると本当に思う。

負けそうだった自分、逃げそうだった自分、36歳も山ほどありました。

もういいか、ここまででいいか、もう限界、無理だって、何度も何度も思ってきました。

日々の「創造する」の連続には、生み出す苦しみが、常時つきまとっていて、
生み出せない自分への怒りも焦りも、何万回も連続的に起こっていた。

だけど、その度に、マザーハウス を立ち上げた強気すぎる24歳の自分自身が向かい側に
座って非常にきつい顔つきで言うんです。

「あなたの役割は、分かりきってるよ。なんのために、自分が存在するのか、
自分が一番わかっているはずでしょう。それ以上ができると思うな。それ以下しかできないとも思うな。
自分の可能性をあなたが信じないなら、他人の可能性をとやかく言うのはやめなさい。」って
スーパー厳しいお言葉を何度かいただきました。

人には、譲れないものってやっぱりあると思うんです。

家族、恋人との約束、生きる上での価値観、一貫した主義やスタイルetc。

私は、36歳も、37歳も、ずっとそれは、変わらない。

それは、自分自身が作り上げた家であり、この家を、強くたくましく、そして温かくする使命だけは、守りたいと。

といっても、正直に書くと、そんな強い覚悟さえ、ヨレヨレだった時期も36歳ありました。

「引退」なんて言葉を、冗談でも話した時期が、36歳はあったことを、告白します。
これが終わったら、このプロジェクトが終わったら、このシーズンが終わったら、
そんな風に「これが最後だ」なんて言い聞かせることで、走るエンジンをかけていた時期もありました。

Keep walkingという言葉は私の大好きな言葉。

でも、それが本当に、難しくて、手の届かない言葉だなって自分でさえ感じてしまいました。

だけど、不思議なことに、人間って疲れ果てて気力なくなって、空っぽになったら、
残るものしか残らないんですよね。

余計なものがなくなって、もうなーんの欲望もなくなったときに、そうそう、
裸でも生きるって思った時に、それでもフツフツと燃える自分の情熱と哲学があることを知った。

それは、ろ過された心の中で、純度高く残っているもの。

それこそが、情熱を注ぐべき対象なんじゃないか。

そんな風に、幅は広くなったり細くなったり、くねくねや凸凹や、坂道も下り坂も、踊り場もありますが、歩いてく方向性はブレない37歳を、過ごしたいと思います。

Keep walking with Big Smile and Big Heart!

どうぞ、よろしくお願いしまーす!

写真はずっと見たかった昆虫博物館にて♪ マクロをみる鳥の目、ミクロをみる虫の目、
両方大事だけれど、やっぱり自分を目を信じていこうぜ!ってことで37歳山口もどうぞよろしく
お願いいたします!!!

IMG_5028

メッセージを送る