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MOTHERHOUSE MAGAZINE
山口絵理子の日々思うこと。

夜行列車で。

2018.01.22

この旅をとても楽しみにしていて、私は何か新しい出来事や発見があると
ずっと思っていた。

なぜならそれは素材の源流にさかのぼる旅であり、
それを人生の仕事として扱う人たちと生で触れ合えることだったから。

夜行列車で8時間かけて行った村は、
どことなくバングラに似ていて、
懐かしさがあった。

「この人がマスターだよ」と最初に言われた時に
『職人』という肩書きが本当にぴったりはまるような人々だなって
思った。

一日、そうした人々と近くにいて、
私は手仕事は勿論だけれど、その人たちが作る、生態系にとても
感服させられた。

それは、村だから工場というものが存在しない中で
古くからの伝統を守るために進化し守られている
伝達の仕方や、コミュニケーションの仕方や、
それでも品質を一定に保つ仕組みや、価格の取り決めや
更に新しいものを形成していく彼ら独特のやり方。

農業と一体化されたライフスタイルの中でも
時間を有意義に使い、家族という最小単位をフルに活用し、
役割を分担をし、全ての家庭がモノ作りに従事していた。

私は人々の選択肢についてもとても考えさせられた。

工業化、近代化というのは、「移動可能」ということを前提にしているけれど、
家畜がいて、農業でほぼ自給自足を行う人たちにとっては
家の中で、或は家の近くで農業以外の経済活動ができることは
意義あるどころか、社会保障といっても言い過ぎじゃないほど、
重要なことだ。

天災や肥料などの高騰などコントロールできないものたちに立ち向かう
生きる術をモノ作りは担っている。

更に、それは収入源という地位に停まらない。
その価値が、この旅でとてもはっきりと見えた。

彼らは労働を、喜びとして行っている。

「どうして何年もそれを続けているの?」

「これしかないでしょ私たちには!」

1人の女性は笑いながら言った。

その顔は、悲痛な感じは一切なく大きな笑顔だった。

「でもさ、何年もやっててさ、ほんとに楽しいの?」

ストレートすぎるけれど、やっぱり聞いてみたかった。

「私の人生を注いでいる。死ぬまでやるわよ。」

この人だけかと思ったが、聞いた全ての人がそう言ったのは
私には衝撃的だった。

『人生を捧げるモノ作り。』

出会った60歳のおばあちゃんが言うその言葉の深さを
私なんかはまだまだ理解できていないけれど、
本来、労働とは喜びだったんだと、
改めて認識した瞬間だった。

そして、私なんて浅い経験しかないけれど、
少なくとも同じく手を動かす人間として、
作り上げているものはとても素晴らしいとやはり感じた。

同時に、現場で見て自分の胸が高鳴る
このモノ作りの価値は、全く世の中には
伝わっていないな、とも感じた。

なぜなんだろう、どうしたらいいんだろう、と
ずっとずっとこれまでもそうだったけれど
尚更深く、考えていた。

この人たちに出会ったから生まれる感情も勿論あるけれど、
私はボランティア活動をしているわけではないので、
モノが優れていなかったらやはり8時間もかけて
こなかったと思う。

慈愛や同情ではなく、
モノとして優れたものは、
過大に見せるでもなく過小に評価するのでもなく、
その価値の通りに、真実を、世の中に伝えられるべきだと感じている。

そのために、私というフィルターをどうしても通さなければならないが、
なるべく可能な限り、自分という「個」を削ぎ落とし、
彼らの息づかいや素材が生み出す「まんま」を素直に
カタチにしていきたいと感じた。

そうできるように、努力していきたい。

私自身もサンプルの最中だったから、
この現場を見なかったら、「個」がおかしなカタチで浮き出ていたかもしれない。

彼らの醸し出す個性を全面に表現する、非常にクリアになった旅だった。

やまほど日記には書いたんだけれど、あまりにも支離滅裂で
まとまっていないから、今日はこのへんで。

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