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MOTHERHOUSE MAGAZINE
山口絵理子の日々思うこと。

カルカッタの日々。

2018.01.13

なんだかんだで今年はじめてのブログになってしまった。

そしてここはカルカッタ。

もう4度目の出張だ。

ここも寒くなってきている。

工場につくといつもの仲間、アビシェとラジュに加えてもう1人のチームメイトが
加わっていた。

名前をモフィズルという。

実はこの子、スカイプごしに私は話していたのだが、
とっても嬉しいことにアビシェとラジュが採用をしてくれた。

年末のある日、アビシェとwhat’s upで修正のやりとりを
黙々としていた時に、
いきなりビデオに切り替えてきた。

「サンプルを見せるよ」と彼はニコニコしながらいうのだが、
実はそこにモフィズルがいた。

「あれ?」

「生産をするから、僕たち2人では到底無理だから、
ラジュの知り合いを仲間に入れたんだよ」

アビシェはサンプルよりも、
そのサプライズを見せたかったのだった。

私は感動して泣きそうになってしまった。

この短期間で、彼らは本当に変わった。

最初は言われたこともなかなか進まず、
次の作業をやる時間があるのに、ちょっと外に出てしまったり、
携帯をいじったり、
正直イライラする場面が多くて、血圧が高くなる日々を
過ごしていたのだった。

でもそんな彼らが3回目の出張あたりから
少しずつ変わり始めた。

まず来る時間が早くなった。

特にこんな小さな工房だからルールは設けていなかったが、
8時半には縫製をする音がきこえる工房になった。

そして夜も当然、明かりを増やしての実験を続けていた。

そして昼休み。

彼らのランチをとる時間が次第に遅くなっていった。

そしてランチから帰ってくるのはずっと早くなった笑。

少しずつ少しずつだ、という思いで彼らと共に
いい作品を作り上げたい一心でやっていた。

「生産になったらここは確実に問題になる」とアビシェが
言うことがとても多くなった。

そして、ラジュは相変わらずマイペースだけれど
ディテールの議論をアビシェとしていると
しばしば口論になることもあり、とても健全な
やり取りが熱く、行われるようになっていった。

私はその変化の渦の中に共にいれて
小さな卵を温めているようなそんな不思議な感覚だった。

それでも、私たち外国人が海外で仕事をすると本当に
怖いのは、「帰国後」だと感じる。

日本の駐在員がいるときはいい。でも帰ったら全てが止まる。

そんなケースはいくつも見てきた。

けれど、前々回くらいから毎日のようにwhat’s upで
写真が送られ、毎日のように問題が発生するのを
日本でもスリランカでも(年末スリランカだったため)
観察していた。

そんな日々の中で、このモフィズルがジョインした。

(いつどうやって彼らはそんなことを決めたんだろうか。)

アビシェとラジュが話し合ったことを想像するだけで
私は、本当に泣きそうになる。

(本来、私の仕事なのに・・・)

「こんな素晴らしい協力を、ありがとう」

私がなんだかあんまり表現できず、簡単なベンガル語になってしまったが
そういうと、
「来た時に、会えるね。」とアビシェが言った。

そのスカイプ以来、このことが嬉し過ぎて心の中で
ずっと「モフィズルかー」って連呼していた笑。

だから初日、モフィズルが工房にいたので、
「はじめましてモフィズル!!!」とベンガル語で言った。

そしたら彼は自分の名前を既に覚えている私に
すっごく驚いていた。

モフィズル、日本からドラえもんのお菓子をもってきた、というと
「ドラえもん?知らない。」とさらりと言われた。。。

片思いの今だけど、いつか両思いになりたい♪

こんな風に、決して派手ではないけれど、私たちは
チームとモノを作っています。

いつかみんなに見せたいな。本当に。職人のいきいきとした
顔と手つきとそこから生まれるカルカッタスピリットを込めたプロダクトを。

おまけ写真:街の全てから刺激を受けています。
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