MOTHERHOUSE

MOTHERHOUSE MAGAZINE
山口絵理子の日々思うこと。

年末のご挨拶。

2017.12.30

今年も最後の最後まで工房にいるため、サンプルの合間に
このブログを書いています。

そして飛行機移動があるので、ちょっと早いですが、
今年を振り返りつつ、年末のご挨拶をさせて頂きます。

今年は、本当に本当に、人生最大色んなことがありました。
(毎年思っている?!)

===========================

年始早々は、バングラの工場長だったモインさんがバングラを去り
オーストラリアへ移民したことからはじまった。

悲しかったが、自分が新しい工場長マムンさんを支えなきゃって気持ちで
いっぱいだった。

その後、記者クラブに招待されドキドキしながら講演をしたことがあった。

そこでカンブリアの制作の人と出会い、
とても熱心で、いい人だったので出る事をきめた。

バングラはテロの危険で開発は日本に拠点を移し、
モルシェドが来日するようになった。

京都三条という関西の拠点となりえる場所に店舗をオープンした。

そして、新作『風纏う』を発表した。
グリーニッシュブルーっていうとても深い緑を出せた。

9月、その反響にもテレビの反響にも驚き、色んな人から
「変わっている人」と呼ばれた今年後半だった。

はじめてのストール専門店をオープンした。

インドのカルカッタを立ち上げようと決めた。

そして現時点まで、
カルカッタの立ち上げ出張3回をし、1月に4回目をする。

はじめてインド人の面接をした。
工場とチームをつくりはじめた。

10月には、はじめてパキスタンのカラチ・ラホールにいった。

パキスタン人500人の前で、製造業の未来、バングラの成功経験を
共有できたことは、本当に怖かったけど、人生に新たなミッションをくれた。

多くのパキスタン人から、「あのバングラから来た日本人」という面白い目で
見られながら、「夢と勇気と自信をありがとう」とトイレで涙目で
言われたことは印象的だった。

そして今は、コロンボにいて、新しいジュエリーの新作を
大きくなった工房で作ってる。

==============================

こんな風に2017年は今まで一番多くの国籍の人と交わり、
手を重ね、モノを作ってきた。

数々の口論も絶望も悲しみもあったけれど、
今思えば、そのどれもが、愛おしいエピソードばかりだ。

国が増えた事でより個性の輪郭も強調されてきた。

彼らなりの主張の仕方があったり、
物事の焦り方が違ったり、
無理な時の言い訳が違ったりする(笑)。

でも今は、共通して見えるものがある。

それは、手を動かすことというのは本能的な喜びなんだということ。

そして、美しいものを作ろうとする「工夫への意志」こそ、美しいなあと感じること。

できるかなって言いながら高みに挑戦している各国の職人の後ろ姿に、

辛い時ほど心が震え、この人の力に答えられるようなデザインを、

釣り合うようなクリエイションをしたいと何度思ったか、数えきれない。

自分では前に進む力がでない時も今年は山ほどあったけど、彼らの背中を見て、前に連れて行ってもらえた。

そして、各国に存在する様々な素材たちにも感謝している。

迷いながら色を決める繊維、

自信をもって裁断する革、

覚悟を決めて燃やすゴールド、

新しさに出会える興奮で削る色石たち。

地球上にある素材たちには数えきれないほど、
心を踊らせてもらったし、クリエイションが進むべき方向性を
照らしてくれていた。

この素材たちが喜ぶ方向に進みたい、と思ってきたことは
間違いじゃなかったと思う。

そして素材たちは職人の手により魔法のようにイキイキと、
形を変える現場に一年のほとんどを費やせたこと。

そんな魔法の手と握手したり、肩を叩き合ったり、
ガッツポーズしあったり、机をドンドンって叩いたり(笑)、
手と手で価値を作り上げてこれたこと自体が、
最大の喜びと、幸せだと今年も感じています。

私には、テレビよりも店舗数よりも成長感よりも
何よりも、それがやっぱり一番「幸せ」をくれた。

本当にありがとう。

たくさんの学びと冒険を。

そして、それを可能にしてくれたたくさんのお客さん、
スタッフのみんな、いつもブログを読んでくれるみんなに、
もう表現しきれないほどの感謝でいっぱいです。

皆さんのおかげで、今年も、世界は豊かであると再確認できる
挑戦を続けてこれました。

来年も、プロダクトでお返しします。

本当に一年間ありがとうございました。

山口絵理子より。

blogg
写真:元気をくれる職人さんの背中。

メッセージを送る