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MOTHERHOUSE MAGAZINE
山口絵理子の日々思うこと。

アバルデカホベ。

2017.11.28

今回のカルカッタ滞在は今日でエンド。

昼下がりになんとかかんとか今回のTo do listは
やりきった。

ラジュという一人の職人と出会った。

「ねえ、何年職人やってるの?」

「・・・20年以上。」

「!!」

結構若く見えるラジュなんだけれど、カルカッタではなく
郊外に住んでいて今も1時間半かけて通っている。

一昨日は帰宅に2時間半もかかった。

電車がこない時もあるらしい。

マスターのアビシュが働く条件は、「絶対にラジュも一緒」だ。

長年一緒につれそった同士は、なんだか仕事をしているようで
遊んでいるようでもあり、
そこに異質な私が加わり、小さいけれど
おかしくってユーモアなチームが国境を越えて
できあがった。

バックオフィスでサポートを続けてくれたのは、
前のブログでも書いた工場を貸してくれているオーナーの息子さん。
スヤシだ。

正直、ここに来るまで、今回の出張の大きな目標はノートにこう書いていた。

「面接の実施、工場の機械導入、素材実験、プロジェクトの
メインシナリオ描く」と走り書き。

毎回超大雑把なわけだけれど、書いたことはいつも実施してる。

でも実際には、面接は実地試験となり、その流れで
モノ作りが始まってしまい、
会社のことも労働条件も何も話さずに
ガチンコのサンプル修正に突入し、その中で
おまけのように機械が導入され、素材実験も兼ねていった。

そんなもんだなと思うし、我ながら本質的だなと感じた(笑)。

道を作るのは、モノへの執念であり、
それがなかったところに道を開く。

道を作ってからモノができたことは
今まで私の経験ではゼロだと思う。。。

モノを生み出すことへの執念っていうのは
それほどまでに色んなことを可能にしてくれちゃう
何より力強いdriving force。

私自身もスタッフに教えたくてもこればっかりは
教えることができないし、もしかしたら性格とか遺伝とか
あるのかもしれないけれど。

その子供みたいな衝動は
入国審査の尋問も、治安も、大嫌いな飛行機も
飛び越えて余りある活力をくれる。

今、手にしているカルカッタの素材。

この素材を輝かせることができるまで
何回でも来ようと思っているし
カルカッタに居座るつもりだ。

覚悟をしたものじゃないと降ってこない奇跡もあるだろうし。

だから今回は、製品というよりも、
素材の特性を理解するために、実験が続いた。

そして、最終日の今日、ラジュも含めて
へとへとになってふと言った。

「はて、名前を聞いていなかった。」

私たちはお互い英語で紙に名前を書いた。

なんだか照れるな。

更に次に会うまでの宿題も出した。

「本当にわかった?!」
「わかった。」
「本当に質問はない?!」
「うん。ない。」

何度もこれを繰り返したが、奇想天外なモノができあがってきていたため
念には念を。

でも期待はしていない。

そんなことは小さなことだ。

私は小さくておかしなチームが誕生できたことを
とても幸せに思っている。

まあこれから出会いも別れもあるだろうけれど
私にとっては彼らは、一緒に仕事をしたいと思える人たちだった。

これは事実で、私の視野や世界をぐんと広げてくれた。

「デリーのことはどう思う?」
「嫌いだよ。」

即答された。

「なぜ。」
「金に走ってるから。」
(私はそうは思わないけれど)

「バングラのことはどう思う?」
「よく知らない。きっと彼らも僕らをよく知らないでしょ。
でも大量生産の国だ。」
(私はそうは思わないけれど)

暇があれば記者のようにメモを片手に
彼らの文化を理解しようとインタビューをしていた。

パキスタンといい、カルカッタといい、
バングラを含めた3カ国の生態系、歴史、文化、
あらゆるコンテクストはつながり
絡み合い、複雑な側面がある。

昔は同じだった国が別れて、異なる道を歩んだ結果が
今目の前の状況だった。

製造というカテゴリーしかフォーカスはできていないが、
ほぼ文化人類学のフィールドワークのようなんだ。

そして思った。

私にしか見えない世界があるんじゃないか。

私にしか、つながりが見えない部分があるかもしれない。

バングラに12年生活していたから
カルカッタのこと、パキスタンのこと、
きっと誰よりも近さも遠さも理解できるはず。

だからこそ、この個性はすごいよ、って言える部分が
あるかもしれない。

なんだか、怖いくらい、
神様が私に何か指示しているように感じた瞬間が多くあった
この3カ国に滞在した2017年の後半期だった。

モノ作りの系譜は、闘争の系譜でもあり、移動の系譜でもあり、
独立や権利の獲得と密接につながっている。

マザーハウスにしか架けられない橋があると信じて、
私は歩き続けたいし、
その先に、必ず今まで見たことがない地平線が見え、
国境というものが違った意味に感じられるかもしれない。

小さな企業の小さな私の大それたお話。

最後にカルカッタを去る時、ラジュが聞いた。

「これから日本に帰りますか?」と。

「私は、バングラデシュに行く」と言った。

彼らは私が何者なのか、全く知らない。

自分からはいつも何も話さない。

とてもキョトンとしていた。

彼らには私たちが今までやってきたことなんて、
他国で何をしていようが、今は関係ない。

カルカッタという地で私は無に等しい。

だから私は彼らとゼロから向かい合い、
まっさらな気持ちで
真っ白なキャンバスに、
夢を描きたい。

ゼロになる、というのは
とても覚悟や勇気がいる話しだけれど、
「よし、ゼロからだ」ってものすごーく意識しなければ
たくさんのものが背中についてまわる。

守りたいもの、守らなきゃいけないもの、
続けてきたもの、取らなきゃいけないバランス、
たーくさん、もう私には背負えないくらいあるなーって
感じる。

だからこそ、ゼロになる勇気や気概を
決して忘れちゃいけない。

歩き続けるってそういうことなんじゃないかなって
思うんですね。

みんな、また会おうねー。アバールデカホベ。

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