MOTHERHOUSE

MOTHERHOUSE MAGAZINE
山口絵理子の日々思うこと。

面接、そして。

2017.11.23

昨日は初日。

前回の出張で協力を取り付けたオーナーと戦略会議。
非常にアグレッシブな量産計画をいきなり見せられた。

「悪いけど、これはアグレッシブすぎる。この時期までは販売はしない。
そこからも全店に展開はしない。ここまでいくような想定では私は動いていない。全面的に修正してくれ。」

「だったらコストはこんなにバカ高いぞ。ビジネスをやっているのか君は!」

「わかっている。でもビジネスは何のためにやっているんだ? 
私は安いものを作ろうとしていない。ここにしかできないものを作ることでお客さんに伝えるんだ。
カルカッタの個性を。素材屋で終わっていいの?! 
コストよりも品質だしデザインだし、新しい形が見つかるかどうかなんだ。
時間をくれ。そんなにせかさないで。満足できなければ何ヶ月だって研究開発期間を設けるつもりだ。」

朝からものすごくヒートアップした激論だった。

これに私はぐったりしてしまったが、フロアをおりると機械の山。。。

日本から送金しておいた投資で購入した機械がまだ開けられていない状態で並んでいる。

(・・・まじでゼロからだな。。。)

段ボール開ける!!

「日本からの段ボールも3箱届いています。」

「全部開けて。」

はじめてみる機械もたくさんある。

これはどう使うんだ・・・。

機械音痴な私は工場の人にサポートを依頼しながら
稼働するかどうかもチェックする。

テーブルだけは大きく立派なものが用意されている。

そして素材。

ああ、何が何やら本当に分からない・・・。
見えやすいように並べないといかん・・・。

そうこうしていると、なんと一人の訪問者が。

そうだ、しょっぱなから面接なのだ。

私は人生ではじめてインド人を面接する。

ただし、面接といっても職人さんだから実地が全てだ。

「これがデザイン。やってみて。」

私のベンガル語にヒンディー語で返事がくるという
面白い構造だ。

彼らはベンガル語を知っているが日常ではヒンディー語を話している。
最初私はベンガル語が嫌なのかな?と戸惑ってしまったがよく聞くと
「僕らの言葉さ」と全く嫌ではなく誇りをもっているらしい。

ただ一般的にはカルカッタでもヒンディー語が多い。

私はネパールの時に少しかじった程度なのだが、やはり近い言葉。
何を言っているかはヒンディー語でもだいたい分かるため、違う言葉同士で私たちはなぜか面接をやった。

「ここをこうして、こうしてね。」
「はい、分かりました。」

最初の人は50代だったと思う。
「なぜここに?」
「今は仕事がないんだ。」と言われた。

その後気になって調べたらカルカッタの失業率は高いが、この産業の失業率は低くなく職人はひっぱりだこだそう。
「じゃあなんてアプライする人がいるの?」
「なぜって少しでも賃金が高ければすぐにスイッチするからさ。辞めることなんて何とも思っていない。」

バングラと同じ状況だ。

(ここから哲学を教えるのかあ・・・・。)

やや途方に暮れながら彼の手つきを見ていたが、60点くらいだった。
しまいに、話しはじめると手をとめてしまいスピードも遅かった。

時間がきたが、完成はしなかった。

「OK。ここで終わりで大丈夫です。」
彼はにっこり笑って「明日も来ますか?」と聞いた。
「完成させられるなら来てください。」と言うと
「10時に来ます。」と言われた。

お腹がすいたが、次の人が訪問してきた。
若いな。

彼は30代後半だろうと思う。

もう一人の仲間をつれて来た。

「はい、これがデザインです。作ってみて。」

「??実地試験?!僕たちは話しをしにきたんだ。」
「話して分かるの?作りながら話そう。」

彼らは目をキョトンとさせながらそれでも手を動かしはじめた。

「あの道具ありますか?」
「ああ、今持ってくるね。」
「あれもありますか?」

彼らは非常に手際よくまた理解力も高い。

「前は何をしていたの。」
「大きな会社で働いていた。でも日雇いみたいなものだよ。すぐにオーダーがなくなれば工場に行く意味もなくなる。そんな日々の合間ってことだよ。」

非常に不安定な市場であることが感じられた。

「本当に、やりたい仕事ってなに?」

彼は、今実地試験でやっていることだと説明した。
そして、携帯から写真を見せてくれた。
「これが僕が作った最高に難しくて一番いい作品だ。」
「・・・・・。」

それはあまりにもひどかった・・・。
品質はいいのかもしれないが、デザインが本当にやばすぎて、目をそらしてしまった。。
「そうか。デザインは誰がした?」
「俺だよ!」

満面の笑みで言ったが彼の方向性はデザインではないと思った。

このペアはなかなかいい感じで、なによりベンガル語で話すとベンガル語で返事がきた。
そしてはじめて機械を稼働させることになった。
「あれがない、あれもない。」

そうなのだ。立ち上げているところだからないツールが山ほどある。
最後の方は、「ごめん、明日買うわ・・・・。なんとかなしでやってくれ。」の連続だった。

そんなこんなで時間オーバー。

私もヘトヘトだが彼らも相当神経ピリピリで頑張っていた。

「明日もこれる?」
「10時に。」

これで二組の明日の面接は継続だ。

なぜ二組かというと、実は先月求人募集を出していて
40名の職人の応募がきていた。
「職人がネットの求人で集まるわけないよ」と私はバングラの経験上
考えていたのだが、なんとあっさり裏切られ、わんさか履歴書を
みるはめになった。

その中で選出された4名を今回は実地試験で見るのだ。

これは短期間で国や文化や国民性を知るのには本当にすばらしい経験だ。

私たちが届けようとしているものを本当に届けるならば
国への理解なくしてモノ作りに意味はない。

効率性重視なマインドのインド人の中で
超非効率なマザーハウスのモノ作りを貫くのは相当
しんどいことが今日分かった。

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