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MOTHERHOUSE MAGAZINE
山口絵理子の日々思うこと。

一日、一瞬。

2017.05.16

今日はある県立高校に行った。

東京から少し離れて、全国生徒450名の皆さんの前で1時間の講演会だった。

“素直で良い子なんです” と伺っていただけにみんな真剣に聞いてくれている。

国際協力や芸術活動にも力を入れていて、素晴らしい学校だった。

ただ、1つだけ気になった事があった。
講演が終わって残り30分の質疑応答の時間。

教頭先生が「質問ありますか?」と言ったのだが、なんと1人も質問がでなかったのだ。

これまでも私は多分100校以上は講演はしてきたと思うんだけれど、
500人くらいで一つも質問がでなかったのはなかったので、少し驚いていた。

勿論、毎回すぐに手をあげる人は日本では少ないのだが、
だいたいは少し待ったら1人くらい手をあげてくれる。

ただ、この時、全く猶予を持たずに先生が

「では、これで終わります。」とアナウンスされたのだった。

(え?!)

私は事の流れの速さについていけず。

(なんで、なんで?本当は質問したい人がいるんじゃないかな?)とか

(もう一度今度は私の方から聞こうかな)とか色んなことを瞬時に思ったのだが、
次の瞬間すかさず、花束をもってかわいい生徒会長さんが壇上にあがっていた。

私は、笑顔で花束を受け取ったのだが、内心、ものすごく申し訳ないというか、
悔しいというか、複雑な気持ちだった。

最後渡り廊下で

「これまでもたくさん講演がありましたが質問があったことは一度もないんですよ〜。

本当にシャイな学生なんですよね。」と説明を受けた。

別に質問がある、ないが、問題じゃない。

私だって、学生時代、恥ずかしくって手なんてあげたことない。
”今日こそは手を上げて質問するぞ”って馬鹿みたいな目標を
真剣に大学2年生の日記に書いていた。

そんな私はこの会のあと、
なんだかとっても胸が痛かった。

その心の痛みはどこから来るのか、最初は分からなかった。

だから、帰りの新幹線の中でずっと思い返していた。

そしてわかった。

私の痛みは、司会の先生の「切り上げる早さ」にあったのだった。

(本当はもう少し時間を置いたらモジモジしながらでも手を挙げてくれる子が
いるんじゃないかな・・・・。)

(これまで質問がなかったから今回もない、って考えるんじゃなくって、
じゃあ聞き方を変えたらどうかな。そんな風に考えられたら・・・。)

そして何より大きな痛みの根源は、

あの時、あの瞬間に、壇上で、私ができることはもっとあったはずだ
って思うことだった。

450人の可能性いっぱいの高校生のみんなの前で
話しをするなんて、客観的に考えればなんていう
恵まれていること。

それなのに、私は、その場の違和感がありながら、
瞬間的に自分の理想的な振る舞いの判断ができなかった。

もしかしたら、もう一度マイクを取って、
モジモジしていた自分のことを振り返りながら、
つたなくても何か伝えられたかもしれない。

それで、たった1人でも、ちょびっとでも、
プラスな何かが生まれたかもしれない。

そう思うと、悔しくて仕方ない。

もう戻ってこない瞬間だけれど、
申し訳なく思っている。

こういう気持ちが大嫌いだ。

これからはそんな自分、なくしていきたい。

後悔しない一日、一瞬の積み重ねを
歩いていきたい。

その先にしか、未来はないんだから。

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