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マイノリティの可能性をカタチにする、ブラインドサッカープロジェクト

2016年夏の出会いをきっかけに、ブランドサッカーバックパックの共同開発で本格始動したブラインドサッカープロジェクト。
障がい者と健常者、途上国と先進国の壁を越えて、スポーツの力、モノの力で様々な個性を認め合える「マイノリティの可能性をカタチにし、ダイバーシティに溢れた社会をつくる」。
そんな想いを込めた、プロジェクト情報を発信していきます。

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第1回 マイノリティの可能性をカタチにする、ブラインドサッカープロジェクト

ブラインドサッカー協会とマザーハウスの出会い

2018.10.11
oda

WRITTEN BY

小田靖之 CDT

はじめましての方もそうでない方も、こんにちは(こんばんは)。
マーケティング担当の小田と申します。

2016年8月、ブラインドサッカー選手・落合啓士さんとの対談からはじまった、ブラインドサッカープロジェクト。
このマガジンでは、プロジェクト情報、スポーツやモノの可能性をお届けします。
よろしくお願いします。

2016年8月 10周年サンクスイベント

ブラインドサッカー協会とマザーハウスのはじまりは、2016年8月20日、マザーハウス10周年サンクスイベントにて、
ブラインドサッカー選手・落合啓士さんとの対談企画を行ったところから始まります。

街で見かけることはあっても、なかなか接することがない視覚障がいを持つ方々。
それゆえ、理解が進んでいるとは言えず、偏見や抵抗感を生んでしまうことも少なくありません。
みなさんも少なからずそのような場面あると思いますが、
私たちも落合さんに出会うまでは自分の周りにそのような人はおらず、理解があったとは言えませんでした。

2016年8月に行われた10周年のマザーハウスサンクスイベントのテーマは「Meet The New World」。
私たちの周りには、新しい出会いやきっかけが沢山溢れています。

私たちにとって、新しい価値観を提供してくれたブラインドサッカー選手・落合さんとの出会い。
このイベントでは、無知を承知で正直な質問をぶつけ、視覚障がいやスポーツの可能性について議論することができ、
想像通り、私たちの固定観念を大きく壊してくれる良い機会になりました。

この固定観念が壊されなかったら、今回のプロジェクトが始まらなかったと言っても過言ではありません。

障がいは個性である

「視覚障がいと言っても、それぞれ個性があります。私は10歳まで視覚があったため、モノを見た経験を持っています。
だから、フィールドやプレー、選手の立ち位置などを頭でイメージすることができます。一方で生まれながらに視覚が無かった場合には、
音に対しての反応に優れているため、音で場所を判断するボールに対する一歩が早いのです。」

個性を生かす。これは落合さんが最も大切にしていることです。

「そもそも『障がい』も一つの個性です。私はモノを見ることはできないけれど、皆さんよりもサッカーができる。
それぞれの個性で誰かに価値を与えることができるのです。その為には積極的に、コミュニケーションで持っている個性を理解し合うことが大切なのです。」

新しい気づきでした。
そしてマザーハウスがこのプロジェクトを行う理由が明確になりました。

二項対立を越える

その落合さんの一言が、
二項対立で語られがちな「障がい者と健常者」、「途上国と先進国」の壁を越えて、
スポーツの力、モノの力で様々な個性を認め合える社会をつくりたい。

「マイノリティの可能性をカタチにし、ダイバーシティに溢れた社会をつくる」
という、プロジェクト理念を感じた時でもあり、プロジェクトが始まったきっかけでもありました。

つづく

次回予告
「新しいチャレンジ、第一回開発会議」

(落合啓士 氏)
1977年8月2日生まれ。神奈川県出身。
10歳の頃から徐々に視力が落ちる難病を発症し、18歳で視覚障がい者となる。
25歳でブラインドサッカーに出会い、その後日本代表に選出。
世界選手権2014、アジア選手権2015では日本代表キャプテンとして出場。
神奈川県内唯一のブラインドサッカーチーム「buen cambio yokohama」設立。代表を務める。
昨年、自身の半生を綴った「日本の10番背負いました ブラインドサッカー日本代表・落合啓士」(講談社)を出版。

プロジェクト動画はこちら ※Youtubeに遷移します

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