Social Action 被災地の真実
サイクロン直撃
2007年11月17日、サイクロンがバングラデシュを直撃した。 山口は、一昨日の夕方くらいから、何かが来そうな気配を感じ取っていた。
「アティフさん、何かくる?」
「うん、何かがくる。」
それから数時間後、「あと2時間程で巨大ストームがきます」と政府からの警戒アラームが発令された。レベル10のマックスの警戒だ。いつも天災があると湾岸のチッタゴンという都市が大きな被害を受ける。今回もチッタゴン周辺に住む人たちはこのアラームを聞いて、逃げて、逃げて、逃げようとする。しかし、どう考えても2時間で逃げれる訳がない。家畜はどうする、車はどうする。逃げれる距離にも程があって、中には断念して、ただただ被害を待つ人々がいる。

2時間後。まだ何もこない。そして再びアラーム。あと4時間後くらいにはストームがくる。そして4時間後、サイクロンはバングラデシュに直撃した。
今回のサイクロンでの死者は1000人余りと発表されたが、絶対にその倍はいる。人口調査ですら正確に計測されていないのに、被害者の数をこの短時間で計測できるわけがない。
そして最も印象的だったのは一部の人々が政府が出す警戒アラームを信じていなかったということだ。インドネシアなどを襲った津波の時、バングラデシュにもものすごい津波が来ると、仕切りに言っていた。でも結局何もこなかった。それでみんな、今回も結局何もこない、と思った。全ての情報が不確かで、信頼性がないので、人々が適正に判断できないでいる。
山口が住んでいるダッカは、チッタゴン周辺に比較したら、本当にわずかな被害ですんだ。それでも、大雨と雷に襲われ、そして昨日は丸一日電気がなかった。発電所も被害を受けた。電線が全く整備されていないため、路上には切れた線がいっぱいある。二次災害として、火事が起こることも懸念された。電気がなくなり、発電機を使っていたインターネット会社も勿論ストップした。それは電話会社も同じだった。山口は、どうすることもできず、一人部屋にこもっていた。電話が鳴った。アティフからだった。
「僕の携帯の充電器もあと数分でなくなる。もう会話はできないけれど、絶対に外に出ないで。」
「うん。わかった。」
ずっと暗闇が続く。山口の部屋には災害に備えてチャージして使う電灯があった。それを使って、部屋を移動したり、階段等を上り下りすることはできた。しかし、冷凍食品等がないこのダッカの町で、山口は晩から何も食べるものがないことに気づいた。仕方なく、何も食べずにただただ真っ暗な中、いつになったら電気がくるのかを待っていた。