マザーハウス・ストーリー

Shop Development 01 1号店ができるまで

夢の次の「夢」

「Made in Bangladesh」のバッグが百貨店に並ぶことが夢!

マザーハウスの代表山口絵理子が起業した直後に考えていた夢だ。07年も春を迎え会社が設立されて1年が過ぎたころ、最初に宣言をしていた夢がかない始めていた。そして、起業した当初は4つしかなかったプロダクトの種類も増え、カラー展開も含めるとバリエーションは約60となっていた。これなら自分たちのお店を出せるかもしれない・・・。山口だけでなく、その頃から加わり始めたスタッフである山崎や矢崎も同じことを考え始めていた。

「やっぱり、お客様の声が直接聞きたい!バッグを見たときのお客様の反応を肌で感じたい!」

百貨店やセレクトショップなど卸先が拡大していく中で、マザーハウスのバッグは売り場に並ぶことが増えたが、イベントなどで販売応援などができなければ、直接、お客様とお話する機会もない。お客様はバッグを持って何を思っているんだろうか?本当にバッグはお客様の役に立っているのだろうか?バッグを卸先へ配送するダンボールへ詰める度に、山口の中で疑問は強くなっていった。そんな中で、自分たちのお店を持ちたいと思ったのは自然の流れだったのかもしれない。マザーハウス1号店への夢は徐々に、でも確実に大きくなっていった。

「お店を出そう!」そう明確に決意したのは、3番目の正式スタッフであった矢崎がマザーハウスの門を叩いた4月後半だった。店舗出店は当然、出店エリアの選定や店舗物件巡りから始まる。記念すべき1号店、マザーハウスのフラッグショップ(旗艦店)となる大切な場所。当時、アジアをバイクで横断する旅行の準備をしていた山崎(後の副社長)をはじめ当時のスタッフは全員、「やっぱりお洒落でかっこいい街がいいな。」と考えていた。

 

その流れで東京のファッションスポットが最初の候補地となった。青山、表参道、代官山、自由が丘、吉祥寺・・・お洒落なアパレルや雑貨屋が立ち並ぶ街を転々と彷徨うスタッフ。日が経つにつれ、物件探しは決して楽ではないことが徐々に明らかとなっていった。店舗物件探しだけでなく、小売店舗で働いた経験すらしたことがない代表以下スタッフ全員にとって、雲ばかり掴んでいるような日々が続いていた。

新人スタッフ矢崎は今日もまた自由が丘を歩きまわっていた。既に何十もの不動産屋に名刺を置いてきたが、「この辺りはなかなか物件でないんですよ。」と言われてばかりだった。たまに出た物件を見てみても、保証金100万・・・んっ1000万!はぁ・・・となってしまう始末。旅行会社で営業をやっていた頃、何度も飛び込み営業を繰り返して断られ続けた経験から、ちょっとやそっとじゃめげない性格の矢崎だったが、それにしても遅々として進まない物件探しにさすがに疲弊しはじめていた。そんな中、ある物件が目に止まった。

「山口さん!これいいですよ!自由が丘徒歩5分。広さもちょうどいいし!」
「・・・なんかピンとこないんだよねぇ・・・」

代表の山口が返した言葉は、実にあっけない答えだった。矢崎の中でも金額と物件とのバランスを考えると、悪くない選択肢だろう!と自信もあった。無論、会社の運命を左右する1号店。山口のフィーリングが第一だということは理解してはいたが、あまりにあっけない答えに少しだけ腹がたったのも事実だ。既に内見をした物件は10件を超えている。このままでは第1号店の出店は5年経っても実現しないんじゃないか。そんな気までしてくるのであった。

 
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