Yamazaki Blog
2010/05/13 社会起業家VS起業家
最近、とてつもない怖い夢を見てビビッている山崎です。
日本に帰ってきてから、初めてのブログということで、大変ご無沙汰しておりました。
今回のタイトル、「社会起業家VS起業家」、ということなのですが、
実はこれは5月15日(土)に大阪で開かれる第4回マザーハウスカレッジのテーマでもあるので、実際にグロービス経営大学院学長・堀義人さんと対談をする前にここで少し意見を述べておきたいと思います。
ちなみに堀さんも同じタイトルでブログにご意見を載せられてます。
<堀さんのブログ記事はこちら>
<堀さんのブログのもう一つの記事>
今までもマザーハウスカレッジでは、「経済性と社会性は両立するか」等、
昨今の社会的役割を担う主体としての企業という部分に着目してきました。
私自身は「社会起業家」という言葉が生まれた背景に関しては否定するつもりはありません。
実際、リーマンショック等を通じて、資本の暴力性が改めてフォーカスされ、
そのような世界とのバランスを取ろうとした動きが出ているのは事実だと思います。
特に社会起業家という言葉が広がっている20代以下の世代に関しては、
物心つく前にバブルは崩壊し、
間違いがないと思われてきた大企業が倒産してきた、
そして何度も金融システムの破綻を見てきた、
そんな失われていく経済システムの中で育ってきた世代です。
既に右肩上がりの経済感覚はない上に、日本経済の未来に関しては
絶望的な見方すら持っていると思います。
合わせて、家族観や教育現場の崩壊など、社会的見地からしても、
絶対的に信用できる客体を外にもてない世代と言えます。
そんな中で、自分の内面に何か絶対的なもの=社会的な価値を求めていくのは、
私は必然なのではないかと思っていますし、
そんな背景から社会的な価値を持った仕事をしたい=社会起業家ということは
理解できるのです。
ただ、そんな背景を理解しても、
結局私自身、社会起業家とは何かという問いに対して、
明確な答えを持つことはできません。
少なくても社会起業家と起業家の間に線引きは出来ないと考えています。
というのも、社会的価値を提供している、していないということを、
私は自分の主観で線引きすることは出来ても、
客観的に線引きすることはできないと考えているからです。
一経営者として経営をしてきて、
自分たちのしているビジネスの社会的価値を信じていますし、
自分たちの主観としてこのビジネスの発展が、歴史の発展に寄与するものと信じています。
しかし、他のビジネスを社会的だとか、
社会的ではないとか客観的に判断するのは非常に難しいと思います。
少なくとも自分にとっては、毎日大量の財・サービスから便益を享受している以上、
多くのビジネスが社会的な存在です。
安価な価格で美味しい高栄養な定食を提供している近くの定食屋は、
社会企業ではないのですか?
明日への活力を誰かに与えてくれるロックを歌っている歌手は、
社会起業家とは呼べませんか?
結局、それぞれの個人が、
好き、必要、応援したい、そんな気持ちから対価を払い、
そのサービスや財から便益を得ている。
その集合体がマーケットであるはずです。
逆にマーケットで生き残っているということは
その企業は何らかの価値を誰かに提供していることです。
誰かが主観かもしれないけれども、その企業の財・サービスを求めている、
社会的価値を感じているということなのです。
誰かにとっての社会企業でなくても、誰かにとっての社会企業であったりする。
人々の価値観が多様である以上、
私は、一般論としてこの起業は社会起業家だとか、そうではないとか
分けることは出来ないと思っています。
また、最近は
「社会起業家になりたいけれど、何をしたらいいのかわかりません」
とたずねてくる学生なども多いのですが、
そのときに言っていることは、
「本気で好きなモノを見つけて、
その社会的発展=その価値を一人でも多くの人が享受することに貢献したら
いいんじゃないかな。」
と伝えるようにしています。
これも見えない社会一般の価値を追い求めるよりも、
主観から生まれる社会的価値があり、それが多様であることの方が
重要だと思っているからです。
いずれにしても、何か日本は単純に
そんな主観から生まれる起業の社会的価値に対して、
ポジティブに捉えていると言い切れない気がします。
新しいものをマーケットで生み出し、発展させようとしているのだから、
起業そのものも評価されていいのではないでしょうか?
いずれにしても、社会起業家という「カタチ」にこだわるのではなく、
最後はサービスや財の総合的な付加価値を純粋に評価すべきです。
勿論、その中では倫理的に許されないことをしている企業も多数あります。
それは消費者・投資家・労働者として、経済社会に貢献している以上、
何らかの形でそんな企業を選択し、自分の経済的可能性を発揮すべきと考えています。
逆に言えば、自分の主観から選ぶ企業に対しては、
その発展に対して、消費者・投資家・労働者として貢献できると思います。
話は尽きないのですが、
5月15日に堀さんとこのような議論が出来ることを非常に楽しみにしています。
席は既にいっぱいになってしまったようなので、出来れば議論、その後についても
ここで報告できたらと思っています。
コメント
いろいろと書かれていますが、10年前の2000年に出された町田洋次氏の『社会企業家(PHP新書)』でも読まれてから議論された方がいいのではないでしょうか。
山崎さん、こんにちは。
先日は、思いがけずお話ができてよかったです。
さて、
私も社会起業家と起業家の境界はあいまいなものと思っています。
言葉としては区別されていますが・・・
基本的には、企業で得られた成果=社会貢献だと考えています。
企業は社会に求められるからこそ、存在できる。
逆に言えば、社会から必要とされなくなった企業は淘汰されていく。
全てとは言いませんが、
大枠でくくってしまえば、企業は社会になんらかの貢献をしているから
存在できると考えられるように思います。
建築も環境破壊の代名詞のように言われることがありますが、
考え方と造り方で環境にも貢献できることは多くありますし・・・。
あいにく、マザーハウスカレッジには参加できませんが、
どんな議論が展開されるのか・・・
報告を楽しみにしています。
以前、山崎さんとお話したときに
水道局も 水道 というサービス・モノを提供しているのだから、
水もなく不便している貧しい国の人から見たら社会的価値を提供しているよね
とおっしゃられていたことがすごく印象に残っています。
それ以来、平凡だと考えていた自分の仕事に対する見方が変わり、やる気を持って取り組んでいます。
ありがとうざいました!
山崎さんに対して堀さんがどんな話をされるのか非常に興味があります。
残念ながら参加できないのですが、
マザーハウスカレッジの報告を楽しみにしています!
ピーター・ドラッカーやフロイトのようなガチガチの人の本を読み込むと怖い夢見てしまうので気をつけましょう。
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