Project Blog

2009/01/23 Bangladesh Blog ダッカを少し見る

当たり前の日常を見てきたと思う。
スラム(もしくは貧困層居住地)に行った際には、
嬉しそうにカメラにポーズをとる子供達や、爽やかな笑顔を向けてくれる大人達がいた。


猪野さんが言うことを思いだす。
「日本とバングラ、どちらが幸せなのかわからない」

もちろん「バングラの方が幸せだ」と思っているわけではない。
でも反対に「日本の方が幸せだ」なんて誰に言えるのか、とも思う。

そこには当たり前の日常が広がっていて、
ただの旅行者の私に「可哀そう」だとか「何とかしなくては」だとか
そんな生易しいものを差し挟む余地を与えない。

職業化した物乞いがスラムの人より立派そうな服を着ていたかと思えば、
低所得者層の地区では物乞いに会わず、カメラに微笑む人達の笑顔は爽やかに思えた。

boat2.JPG

boat3.JPG

boat4.JPG


もちろんこれも、旅行者のロマンだと思う。
だからもっと時間をかけてこの国を知っていく必要がある。


その上で、この日の小さな旅の様子をご紹介したいと思う。

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朝、なめし工場に行く山口・マムンに同行する。
昨日エリコレザーの注文分が出来上がったのだが、
サンプルが本来の色と少し違ったため修正が必要なのだ。

家から30分ほどで革なめし工場到着。
厳重な門構えで、表には門番が立ち、革の出入りを入念にチェックしている。
入ってみると正に想像した「なめし工場の世界」が広がっていた。
広い敷地に、革が上から吊り下げられ、別のスペースでは黙々と各工程が進められている。

leather_3.JPG

leather_1.JPG

leather_2.JPG


「昔はここで3時間も4時間も待たされて、また来るねって帰ったんだ」
と山口。
初期の頃のマザーハウスはやってくる他のバイヤー達を優先されて、
なかなか交渉の場に立つのも大変だったのだ。
一つ一つの小さな積み重ねの後に今こうしているのだと実感する。
しばらくして担当者が来てくれるが、結局やり直しのサンプルは
この日には終わらないということで次の日に来ることになった。


そして、工場を出る。


ダッカを見るための時間が始まった。
まずは地図がもらえて行く場所を教えてくれるところへ。
それは帰りの途中にあるシェラトンホテル。
ホテルまでで山口と別れる。

地図をもらい出ようとしたところでタクシー運転手に声をかけられる。


猪野さんが言っていた話がここでも起こる。
「バングラというのは不思議なところで、果物屋さんの前に露店の
果物屋が店を出している。店は文句を言わないらしい」と。

シェラトンのリムジンバス(タクシー)を受付しているその前で、
従業員と楽しそうに話している「個人タクシー」の運転手。
そして私に声をかけてきたのはその「個人タクシー」運転手。
この関係性でなぜあんなにフレンドリーに出来るのか・・・・。
面白いので試しに乗ってみることにした。

まずは、マムンさんお勧めのショッピング街「ムシュンドラ」へ。
やや高級なショッピングモールという位置づけのため「現地の人の買うもの」
をリアルに感じることも出来ずあまり面白みを感じることが出来ないので早々に切り上げる。
次の目的地はBRAC大学。

大学へ向かう途中、運転手さんが
「以前エクマットラに行くという日本人のお客さんを乗せたことがある」
言う。

エクマットラ

そうか・・・、エクマットラに行くという選択あった。
しかし、エクマットラの住所がわかない。
おまけに山口の携帯番号もわからない(近くに居すぎて聞きそびれていた)

散々迷った挙句、予定通り大学へ向かった。
大学到着。
中に入ろうとすると、休みだから入れないと言われる。
「次の目的地グルシャンに行こうか」と運転手に言われるも、しっくりこない。
こんな風にタクシーに乗って次々と目的地をまわったところで一体なんになるというのか?

「ここで降ります」
「?」
「とても快適でした。どうもありがとう。だけど、このタクシーは私にはToo comfortableで。
リキシャやCNGを使います」

「変な日本人」と思ったと思う。
でも、結果としてここで降りて良かった。この後旅行者らしくなりはじめたから。


まずはBRAC大学にもう一度言ってみる。
先ほど断られたのに今度は手まねきされて入れられた。
「?」
「Chinise?」
「No,Japanise」 
あー間違えたよ。だけど今日は中国の旧正月のお祭りがあるから、寄っていったら?
そう言われ、パーティーの会場に通される。
その後も人違いなどされながら立っていると、日本人がいると紹介された。
とある男性の隣の席に腰を下ろし、
自分が偶然紛れ込んだ観光客で、こちらには仕事で来ていることを伝える。

谷田さんとおっしゃるその男性はBRACの主催するインターン制度を利用してこちらで
開発教育学を学んでいるとのこと。
このパーティーは寮の同居者の中国人に誘われて来ているとか。

しばし楽しくお話をさせて頂いた後、谷田さんが地方にスタディーツアーに行くということで、
私も同時に退席することにした。
「勉強頑張ってください。またどこかでお会いできたら」

旅を続ける。

大学を少し行くと川の奥に島のスラムのようなものが見える。
船で渡っているらしい。
boat.JPG

行ってみることにした。
みんなが珍しがって私を見ている。
乗船料は行き10タカ、帰り1タカ。
もちろん同額に決まっている。
帰りは正直に教えてくれたことが嬉しかったので、おつりを渡す。

島の中ではカメラ片手に歩いた。
歩いているだけで、まるでチンドン屋を一人でやっているように少しずつ人が集まってくる。
写真を何枚か撮り、あまり長く滞在しないよう船に戻る。


その後ベンガル語の辞書とダッカの地図を買いに本屋へ。
目的の品を無事見つけて買うと、その店の店主が「ラストサムライ」を見て
日本語の勉強を始めたらしく日本の侍について色々と熱く語られたり質問されたりする。

「日本は行くべき方向を間違えている」と彼。
確かに、そうとも言える。
そして、すこしその方向を変えたくてこの会社にいるようにも思う。

店を出て、最後の目的地グルシャンへ。
ここは大使館などが並ぶ高級エリア。
ピザハットやKFCなどの見慣れたフードチェーンがみられるのも、ここだけ。

帰りにみんなにお土産のハンバーガーを買う。
(「あるらしい」という噂だけで実際には行ったことがないと言っていたため)

小さな旅を終えて家に戻る。
「無事戻れて良かった」と言ってもらえる。
なんだか嬉しい。

結局のところ、旅行者らしい小さな出会いに満ちた、楽しい旅であった。
バングラについて、この国についても小さな経験ながら感じたことはある。

そして何より思うのは、もっと時間をかけて
知っていくことになるだろうし、その必要があるということ。

今この商品がよく見られています

2009/01/22 Bangladesh Blog バングラを知らなすぎる

山口が日本からバングラに戻ってきました。
(どちらを「戻ってくる」とするのが正しいのかよくわかりませんが)

山口が来て、これまで進めていたものが一気に具体的に動き始めます。
私のサンプル製作もそのひとつです。

そんな風にサンプル製作に必至に取り組み、
深夜になってしまった帰りのリキシャの上で、山口にこう言われました。

「バングラを知らなすぎる」

このまま帰ってみんなにバングラがどういう国だったと聞かれて、なんと答えられるか。
頑張っているのはわかる。
でも、デザインのためだけに来たわけじゃないから。


サンプルを作ることに必死で、休みはすべてサンプル制作にあてるつもりでいた。
観光に来たわけじゃない。そう自分を戒めながら。


さらに、山口の言葉。

「一日犠牲にしてでも、この国がどういう国なのか自分でまわって感じる意味がある。
人生にとっても価値があることだと思う」


これまでで一番長く工場に残った日だった。
同じ夜でも12時近い時間になると、いつものにぎやかさは微塵もない。
心細い気持でリキシャに揺られながら帰っている時だった。


毎日が工場と家の往復だった。
もちろんその中で葛藤があり挑戦があり、そこで学べていることは確実にあると感じていた。
そして、それで良いと思っていた。
今回は2週間の滞在だし、サンプルスケジュールは押していて、
休みの日に街をまわることなど考えてもいなかった。


「ここに来たのは、デザインをするためだけじゃない」
真実だった。

確かに、私はデザインをするためだけにここに来たのか。
良いデザインを出来ればいいのであれば、世界のどこでだって構わない。
でも私達は、バングラデシュというリスクのある国をあえて選び生産している。
それは、ただ本当に良い商品をつくるためか。
だったら、国はいくらでも選べる。日本でつくればいい。

今、ここで、この国の人たちと肩を並べて手を動かしていることの意味。


「バングラデシュってどういう国ですか?」
メルマガで聞かれたそのお題に、正直なところどう答えていいのかわからなかった。
良くわからない…。
当たり前のインフラの未整備を述べたところで、何の価値もないとわかりながら、
それ以上に感じるこの国に対する感想をうまく持てずにいた。

「まだ、たった4日だから」
メルマガを書いた時はそう思っていた。
4日で見える現実はあるが、4日でこの国を知ろうとするなんて横柄じゃないかと。

滞在から10日。
やはり相変わらずバングラデシュに対する感想は、
工場と家を行き来するばかりの狭い世界の中にしか持てていなかった。
そして私のバングラデシュ滞在は、このスモールワールドで完結しようとしていた。


「よし、街を見に行こう!」
とまで明るく思えない。うまくいかないことが多く、なかなか心が前向きに動かない。
ただ、ここで見ないことを選択しては、後悔が残る。
サンプル製作は押しているが、行かずに後悔するなら行って後悔した方がいい。

明日、ダッカを感じるために街へ出よう。
きっと、何かを感じるはず。何かが変わるかもしれない。

2009/01/19 Bangladesh Blog むずかしいなぁ

滞在7日目を迎えました。

ここのところムンナとの朝の会話はこれで始まります。
(ムンナ:M 後藤:G)
M「インターネットコネクション?」
G「NO~。。。。」

ほぼ毎日のようにネット接続にトラブルを抱えております。
せっかく家に新しくネットの回線を引いてくれたのに・・・。
今日でインターネット会社の人が家に来たのは3回目です。
(今は使えているので、このまま続けられるといいのですが・・・)


さて、表題の「むずかしい」ですが、
どうやって気持ち良く情報や責任範囲をシェアしていくかということです。

ちゃんとお互いの立場をケアした上で提案として言っているつもりでも、
言われている方としては「そこまで口を出すな」と思っているかもしれない。

私はいまここに、日本側の全ての窓口として存在しています。
ですのでみんなからは色々な情報が投げかけられますし、
私自身も出来る限り状況を把握した上で作業を進めていきたいと思っています。


しかし、ここに来てうっすらと気付きはじめたことがあります。
それは、現地スタッフは私のことを「デザイナー」だと思っている、ということです。
もちろんそれだけでは問題はないのですが、
私は決して「デザインだけをすればいい」のではないということです。
生産管理やスケジュールなどには大いに関わっていくことになります。

「デザイナーがデザイン以外の領域に口を挟みすぎる」そう思っているかもしれません。

一番恐れるのは、そのような「口うるさい」と思われてしまう状態が続いた結果、
「私の話は聞かなくていい」と思われてしまうことです。
本当に聞いてもらえるような関係性を作らなければ、
何も変えられないし一緒に前に進むことはできないですから。

お互いに気持ち良く、情報を共有し合うにはどうしたら良いか。
今の一番大きな課題です。
悶々と考えながらリキシャに揺られ帰ってきました。


写真は、昼間工場のベランダから見えた果物の露店です。
fruits.JPG

明日はフルーツでも食べて、リフレッシュした気持ちでやってみよう・・・
なんて思います。

滞在6日目となりました。
いつものように朝から夜までオフィスです。

今日生産管理のマムンさんと話していて気づいたことがありました。
マムンさんとは夕方みんなが帰るくらいの時間から
少し打ち解けた話をすることがあるのですが、その時のことです。

残業の話から会話が始まりました。
(今こちらのみんなはちょっと遅くまで残ってやってくれています)


(後藤:G マムン:M)

G:「日本では、たまに私達は議論が白熱して明け方まで続いてしまうことがあるんだ」

M:「どんなことを話してるの?」

G:「会社のこれからのこととか、MDについて。今後の店舗の展開や、デザインに関して・・・色々と
 喧々諤々話し合って、気がつくと明け方・・・なんてこともあるんだ」

M:「そうなんだ。今後この会社はどうなって行くと思う?」

G:「私は、これまで以上にユニークな会社になっていくと思う。
  今でも結構ユニークな存在だけどね。
  だって、バングラデシュから「世界に通用するブランドをつくる。」と
  日本人の若い女性が作った会社なんだもん。その時点で十分ユニークじゃない?」

M:「確かに。(うなずき)」

G:「でも、もっとユニークになっていくと思うし、なっていかなくちゃいけないと思う。」

M:「どんな風に?」

G:「例えば、私達日本スタッフは給料や社名や職種や、
 そういうもろもろの事以上に、使命を感じて『これだ!』って思ってこの会社に入ってくることが多いんだ。
 だから仕事へのモチベーションも普通の会社と違うし、
 そうした環境が他にはない面白い会社の展開を可能にすると思う。
 実際に普通のアパレルでは起こらないような面白い展開がすでに始まろうとしているしね。」

M:(うなずき)

G:「私はその中でも特に「がむしゃらに頑張る!」方だけど・・・。
  でもみんながこうした気持ちを持っているっていうことが
  本当にうちの会社を強くしていると思う。
  会社を引っ張っていると思っているの。
  

  そして、私はそれをバングラのみんなとも共有したいんだ


言いながら、気づいたのでした。
 
「そうか、これも私がバングラでやりたいことだったんだ」と。
 
日本においても自分が感じていた役割のひとつがこれなんです。
私は器用なタイプではないと思っています。
愚直に、時に人より時間をかけて。。
だからこそ、それをカバーするために「多くやって当たり前」と思ってやってきました。
それくらいがちょうどいいのだと思って。

そしてちょっとおこがましいとは思うのですが、自分のこうした考えは
みんなにちょっと刺激になったのではないかと思うのです。
がむしゃらに、ひたむきに。。

まだまだ会社として走り続ける必要のあるマザーハウスのような会社では、
もちろん実際のスキルや計画性や生産性や・・・・実質的な必要項目は山ほどあります。
でも根底にこの「ベンチャー魂」とでもいうものがあるかないかってすごく大きいと思っています。
私は起業したわけでも、起業の当初から関わっているわけでもないのですが、
それでもこの感覚を共有し、分かち合えるものと思っています。

この感覚をバングラとも共有する。
それも私がここに来てやりたかったことのひとつなんだ。
そう痛感したのでした。

最後に、
G「私達はこれから、もっともっと面白い会社になっていくと思うよ」
 
M「僕もそう思う」
 
G「なっていくべきだし、なっていかなくちゃいけないね」

ひとつ、マムンさんの心にそっと熱い種を蒔かせてもらったような、そんな気持ちになりました。

2009/01/15 Bangladesh Blog 暗闇の中の喧噪

毎日同じ道を通勤していますが、
今日の排気ガスはいつにも増してひどかったです。

私は目にアレルギーが出やすい体質で
旅行などでも排気ガスの多い場所にある程度滞在していると
目が痛くなり涙が出て開けられなくなることがあります。
そして、今日の帰りのことです。

暗くなった道をいつものようにリキシャで帰ります。
スカーフをマスク代わりとして口に押し当て
排気ガスが入るのをなんとか防ごうとしながら。

いつもは猪野さん、ムンナと何かを話しながら帰るのですが、
今日は疲れと話すと排気ガスを吸うのとでみんな無言。


そうこうしていると、目が痛くなり開けられなくなってきました。
鼻と口をスカーフと手で覆い、目を閉じ涙を流しながらリキシャに乗る。

外は人々の叫ぶ声とCD屋から聞こえてくる大音響の音楽と、
車のクラクションで溢れている。

暗闇の中そんな騒音を聞いていると、急に現実味がなくなってくる気する。
今私はどこにいるんだっけ?
何をするためだっけ?


ガタガタと揺れるリキシャの上で、
一つ一つ確かめていく。


nightshot.JPG


バングラの喧噪から投げかけられている問いに
耳を澄ませているような、そんな感覚になりました。

2009/01/15 Bangladesh Blog グローバルカンファレンス

2日目です。
少し眠たいです。

というのも、昨夜「ネットの回線が引かれたため、家でネットにつながる」
と聞いていて、メールチェックなどを家での作業に残し帰宅しました。

ご飯を食べて「さぁ」と思いやってみると、つながらない・・・。
色々とトライしてみるものの、つながらない・・・・・・・・・・・。
格闘の末諦めて寝たのですが、時差で起きた3時にもう一度試してみたら
何故かネットに接続出来ました。
そしてそのまま朝までメールチェック等していたというわけです。
(なんともこの家でのメールに関してはその後も悩まされ続けるのです・・・。
後日談より)


さて、今日からは次に生産の始まる新商品のサンプルチェックが主な仕事です。
それぞれのサンプルをチェックし写真に撮り、
日本にいる山口をはじめとしたスタッフ達と共有しながら変更していきます。

それと、この日はグローバル・カンファレンスがありました。

グローバルカンファレンスというのは、
毎週水曜に開かれている日本とバングラ間で行われるビデオ会議のことです。
この日の主な議題はプロダクションスケジュールについて。
それと出来上がっているサンプルを映像で見せていきました。

いつも日本にいるのに、こちらから日本のみんなの映像を見るのは新鮮です。
(日本のみんなの方が新鮮だったようですが(笑))

途中何度もハウリングしながら、続いていきます。
(例えば、「~です。」と言った言葉が「~です、です、です、です、です、です・・・」
と続いてしまうあれです。)


このハウリングやら、回線が途中で切れることやらが自分が話している間に頻発すると、
なんだか「聞いてないよ」と言われているようで悲しくなるのですが、
(実際に日本でそれが起こるとみんながそう突っ込むのですが)
それは単に通信状況によるものだと必死に信じます。

通信状況に関しては色々と難しい点はありますが、
この会議を通してなんとか日本とバングラの情報共有を進めています。
私達にとっては大きな意義のある会議です。

そしてカンファレンスで決まった変更点をバングラチームで共有し、
その後の作業が続けられていきます。

2009/01/14 Bangladesh Blog 緊張の工場初日

本日よりバングラでの仕事が始まります。
猪野さんが初日は出勤の時間を少し遅くするよう手配してくれました。

ちなみに、マザーハウスの日本事務所の始業時間は9時からですが、
バングラは8時半始業開始です。
8時半開始とはいえサレハやハシナといった女性スタッフ達が
7時40分くらいから出勤してくるので、
鍵を持っている私達はそれまでに工場を開けられるよう家を出ます。
(バングラの朝は日本より早いのです・・・。)


通勤で話に聞いていたリキシャを初体験です。
最初は恐る恐る。
籠の部分を必死につかんで、落ちないように。
(そのうち慣れてきて普通に座っているようになります)

リキシャに乗りながら、もう一度みんなへの挨拶を考えます。
昨夜は、緊張してほとんど眠れませんでした。
みんなと、どんなスタートを切れるのか・・・最後の最後まで考えながら、工場に到着。


現地ディレクターのモインさんが迎えてくれました。
テレビや雑誌やビデオ会議で見ていた現地スタッフ達の姿。
(これまで中々個人のキャラクターまでは見えてこなかったので、
どんな人達なのか知ることが出来ると思うと楽しみです。)

みんなの前でまず挨拶を。

私の日本での業務内容
こちらに来てやりたいと思っていること
バングラについて・工場について色々と教えてほしいということ
日本や私についても何でも聞いてもらいたいこと

それから、

日本では、山口山崎はじめ全スタッフが
最もダイレクトにお客様の声を聞くことが出来る店舗に定期的に入り、
「この工場であなた達によってつくられた商品を全員が心から
『誇りを持って』販売している」ということ

お客様からたくさんの関心をお寄せ頂き、お褒めの言葉を頂いているということ

そして私達は日本もバングラももっともっと成長していける部分が
たくさんあること
それを共有し一緒に頑張っていきたいと思っているということ


そんなことを話しました。
お客様から頂く温かいお言葉は、絶対にみんなと改めて共有したいと思っていました。
みんな笑顔で聞いてくれました。

その後現地ディレクター二人(モインさん、マムンさん)と
プロダクションスケジュールと私の滞在中のスケジュールの確認をします。
自前工場は現在着々と生産体制が整ってきておりますが、
まだ少人数のため手作りに近い感覚で生産が進められています。


全てのことが新鮮で、なんだか地に足の付かないような感覚の中、
あっという間に初日は終了していきました。

移転したばかりでまだ全ての導入が終わっていないシンプルな工場。
ここで、私の2週間の奮闘が始まるのです。

factory_2.JPG

2009/01/13 Bangladesh Blog 初日

皆様、はじめまして。
マザーハウスで商品開発・品質管理を担当しております後藤と申します。
この度初のバングラ出張にあたって、「バングラ滞在記」を書かせて頂くことになりました。

昨年の4月にマザーハウスに入社し、
朝も夜も、春も夏も秋も冬もいつの間にか過ぎたと思うほど「どっぷりと」
マザーハウスに浸かり(笑)走っているうちに、
いつの間にかバングラデシュまで来ておりました。
(思えば遠くへ来たもんだ。。)

いつものごとく、そしてマザーハウスらしく、
行く前も行っている間も帰って来てからもどたばたの珍道中が続いております。
そんなとあるスタッフの体験記、どうぞお時間があれば覗いていって下さいませ・・・。

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------

昨日の朝日本をでて、昨夜バングラに到着しました。

香港での乗換えを経て、ドラゴンエアーでダッカ入り。
乗継の香港では4時間程余裕があったので
店を物色した後、工場の初日にみんなにどんな挨拶をするかずっと考えていました。

バングラのスタッフ達はどんな人なのか?
画像を通して見ただけでは、うまく創造出来ずにいました。
山口・山崎以外ではスタッフ初のバングラ行きです。
しっかりとした挨拶をしたい。
音楽を聴きながらスピーチ内容を何度も練り直します。


さて、そんなこんなで日本時間約2時頃にダッカの空港に降り立ちました。
空港には猪野さん(スタッフ猪野のお父さんです)とムンナ(以前山崎ブログで紹介のあった、会社を支えてくれている信頼のおける現地工場のスタッフです)が迎えに来てくれていました。
イミグレーションから2人が見え、嬉しくて手を振ります。

さて、「荷物を取って出よう!」と思ったところで「なるほど、これがバングラか」と思う経験が。
バゲージのレーンで待っていると、
荷物がぽつん・・・ぽつん・・・と何ともスローに流れてきます。
(手作業で置かれているのが見える。)

「ずいぶん遅いペースだな」と思っていると突然止まり、
みんなが??とクエスチョンマークを頭に浮かべていると隣のレーンが動き出しました。
移動したのか、と隣のレーンに移りふと気がつくと、
先ほどのレーンも動き出していて荷物が流れている。

両方から流れる二つのレーンをキョロキョロと見ながら、
「なるほど・・・。これがバングラか。。。」などと最初から妙に納得。
早速洗礼を浴びて無事荷物を取り二人と合流しました。

その後猪野さん、ムンナと合流し家へ。
途中、3か月前から現地入りしている猪野さんに話を聞いていました。
私からのいくつかの質問に、
(猪野さん):「まあ、それは実際に自分の目で確かめてもらって…」
(後藤):「確かに」
これから、実際に自分の目で見て、感じることの出来る環境に来たのですから。
自分自身で感じるものを掴んでいきたいと思いました。

いよいよ明日は工場初日。
緊張し気合いが入ってなかなか寝付けなそうです(笑)
気持の良いスタートを切れるよう頑張ります。

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