Eriko Blog

2010/02/25 3月3日。

こんにちは。

今日は4本も取材がありましたぁ。あごが痛い。

日本は日本で3月に向けて店舗・事務所も本当にいろいろと準備が忙しいです。

3月19日、横浜の「Colette・Mareみなとみらい店」オープンは最も大きな目玉ですが、
その前に3月3日、フロアの改装があって、
マイティガル小田急新宿店のお店が今のお向かいさんにお引越しをして、
新商品と共にリニューアルいたします。

これまでのブログでも度々お伝えしてきたネパールの情勢ですが本当に
不確定要素は多いですが、でもだからこそマザーハウスがこの地でもの作りを
行う意味を実感しながら、様々な生地の実験や開発を行い、バングラデシュに
生産拠点を移して新商品開発、デザインに力を入れて参りました。

途中だめなんじゃないかと私自身は精神的に折れそうになりながらですが
工員やスタッフ、小田急百貨店の皆さんのサポートがあって、こうして
ちょっとずつちょっとずつ、という感じです。ありがとうございます。

3月3日から新宿店にて登場するバッグではダッカ織りに新しい柄が登場します。

今まで一番人気だったレスキューをベースに、柄を少し変更して、
小さなキューブの柄になっています。

それに合わせてレスキューラインと対照的にちょっとカジュアルなテイストに仕上げました。

3月3日。

私も午後17時から閉店の20時まで新宿店のお店の方に立ちたいなぁと思いますので
新しいお店と共にマイティガルの新しい商品たち、是非見に来てください♪

maitighar-casual.gif
今この商品がよく見られています

2010/02/16 出張

長い出張が終わりまして日本に帰ってきました。

本当に疲れた。

今回の出張中に開発した型は30を超えて、もう作りたくない、もう作りたくないと心の中で連発しながら飛行機にのりました。

更に後半はその生産に自分も組み込まれるという状態に。。。

連日遅くまでの作業で相当疲労がたまるサンプルチーム。

昼間は結構鼻歌気味にやってるのですが、夜になるにつれてだんだん
無口になり、20時をすぎてくると機嫌が悪くなりだして、22時をすぎると
「おい!縫製まだか!」
「なんでまだ終わってねーんだよ!」
という感じです・・。
そして怒る気力を失った深夜に、「そろそろ帰ろうや・・・・」と残された2人のマスターに
私の方が言ったら、「この型全量仕上げるのにあと4時間はかかる、
そうなると明日から始めたとすると昼近くになるでしょう、その後の型考えると
今日これは終わらせないとだめでしょう、マダム。」と言われた。

まじっすかぁ。。。涙。


まあでも、年明けから明確な目標をもって挑んで、結果今までで一番充実した
出張になったような気がします。

やっぱりこう、ものを作っているっていう、この世の中に何かを作って送り出しているっていう
感覚が私はやっぱり好きで、トンカチの叩く音もミシンのカタカタの音も好きだ。

マザーハウスはおかげ様で、このご時世で需要に供給が間に合っていないという
現実があり、日々生産サイドは毎回シップメントごとにプレッシャーを抱えているのですが、
2月は春夏のための最後の生産ラッシュ(だと思いたい)、しかも3月19日には
Colette・Mareみなとみらい店オープンがあるので非常に大変な時期です。

でも朝くると本当に元気な声で「おはようございます!」と片言の日本語で
いってくる工員たちをみて、帰るときは「また明日ねー!」って帰る工員を見て、
あぁ、つくづくいい工場だなぁって我ながら思います。

販売と生産をつなげられるよう、ここから日本において春夏への
盛り上がりを新商品とともにお見せしていけたらと思っております。

お楽しみに!

2010/02/12 面倒なこと

なかなか更新できずすみません。。

生産や開発に本当にいっぱいいっぱいで、リキシャで寝てしまいます。

私は何のためにバッグを作っているんだろうって、デザインしていて苦しい中
やっぱり思う時がある。

それは売れるためだけじゃ決してない。

自分たちの理念や途上国の人のためだけでも決してなくって。

ただ純粋に、あぁ、いいなぁって思えるもの作って、あぁ、いいなぁって
お客さんが手にとってくれたらって思ってる。

難しいことも大きな目標もあるわけではなくって。。

でもその為にこの方がよかったかな、こっちの方が
いいのかな、この方向性でいいのかなって何度も何度も最後までジタバタジタバタしながら
やっぱりこうしよう、こっちにしようってやってる。

すごい地味な戦いで、途上国の貧困を目の前にして、ベルトのループはやめて
リボンにしようとか、ハンドルの長さ1cm長くしようってもがいてる自分がいるのが
たまに滑稽で。

発売してみなきゃ分からないことが多くて、どれだけの不安の中、毎回発売日の
日報を見ているかって思うと、新商品なんか出したくないって思うんです。

もうだめだぁってもういいやーってバッグをテーブルにおいても、やっぱり
これでいいって思ったらもう手遅れなんですよね。。もがけるのは今だけだと思うと
コーヒー飲んで思って、カタカタミシンを縫い始める。

私たちのサンプルルームは連日夜中まで稼動しています。
春夏の新作が間に合わなくて私含めサンプルマスター二人がそれぞれ
終わらせなきゃいけないっていうすごいプレッシャーの中、最後の最後の私の
修正もあったりしても付き合ってくれている。

新しく入ったモルシェドのアシスタントのサファイアットが作業しながら、
「なんでここまでして、マダムはここにいるの」って夜中に聞いてきた。
なんでだろうねぇ、すきなのかねぇっていったら笑ってた。

はっきりとしたものがあるわけじゃないけど、ただ、前には進みたいと思ってるっていう
ほんと漠然とした感じなんだけど、やっぱり、どんなに環境が悪かったり、
どんなに不利な点があろうと、いいもの作りたいなぁって思う。

昨日バングラデシュで働いている品質管理の日本人の方が工場に来て下さった。
どうしてこんなにややこしいことするんだろうって、わざわざジュートを
こんな風にするなんて、、、と私たちのバッグを見て言っていた。

そうなんですよね。わざわざ麻袋やダッカ織りなんて、忘れ去られたものに
すごい面倒な表情出したりして、すごい面倒なことしてる。

確かに。

でも、面倒なことが、やっぱり作り手のただのこだわりじゃなくて、ちゃんとバリューに
なったらいいなぁって思ってる。

2010/02/06 生産拠点

バングラデシュに着いた。

一番始めに感じたのは、「快適だ!」ということだった。

(なんて住みやすいんだろう!幸せ!!)

ムンナが空港に迎えに来てくれて、すぐに工場での出来事をペラペラ話し始める。
たくさんの仲間がいるのも心強い。

そして電気があるし、凍えそうでもないし、社宅は何不自由なくコーヒーが飲めて
ネットがつながる。

結局色々と仕事があって寝たのは朝の4時だったが、ベッドに寝転がった時の
幸福感ったらなかった・・・・。

あぁ。。。生き返ったような気持ちになり、次の日から気合十分で仕事を始めた。

しかしバングラもバングラでものすごいプレッシャーがあり、それはやはりもの作りだ。
いきなり8型ものバッグのファイナル修正をやらなきゃだった。

その8型というのは、実はマイティガルの商品です。

これまでマイティガルはインド、デリー郊外にて生産を続けてきましたが、
生産キャパシティーの問題、度重なる納期の遅れ、サプライヤーが多く、
素材調達の不安定さ、通関のシステム故障などさまざまな問題があった。

5回程度シップメントをした後にインドに行った。それは11月。

そして、「バングラデシュに生産拠点を移す。」といつもインドで、一緒にそして必死に
がんばってくれているバサンに言った。

私は、バサンの気持ちは120%わかっている。
誰よりも長い時間を共有してきた。
マザーハウスは大好きだが、でも勿論インドという国をインド人として心から愛している。
インドで成功できないものを、バングラデシュにシフトするというのが心情的に
平穏でいられるはずがない。

しかし、何度もそれを予感させるような通告をしてきた為か、目を合わさずに
「マザーハウスにとって、会社にとっていいことを決断すればいいだけだ。」と言った。

そこから全ての素材をバングラデシュに輸入するという大きな作業が始まった。
勿論、言葉ではバサンもそういったものの、協力してくれていた工場、必死になって
作ってくれていた工員たちがデリーにはいる。

バサンには鉄の女に見えたかもしれないが、バングラデシュにシフトするという言葉を
発するまでに何度考え直し、明日まで様子を見よう、次のシップメントまで
見てみようと何度思ったことか。インドでは最後の最後まで品質担当の切敷が
細部まで生産管理と検品を必死で行い問題が更に起きるのを食い止めてくれていた。

しかしその時間に比例して、全てのコストは上がり、失敗から学ぶスピードはそれにまったく
追いついていないようだった。

経営者として決断しなきゃいけない。このままではバングラデシュにまで影響が
でるかもしれない。

山崎と相談し最終的にそう思った。

それが経緯だった。

だからバングラデシュへのシフトを決めてからは相当の精神的なプレッシャーが
襲い掛かるのは覚悟していた。生産拠点を国を超えて一ヶ月以内に移すなんていうのは
そう簡単じゃない。それから12月バングラデシュに戻り、提携工場との話し合い、
今度は素材を輸入し、革はバングラデシュでそろえ、生産を開始する準備を整えていった。

サンプルが開始されたのが12月中旬。
そして2ヶ月経ち、それらが生産にのり、今月11日から発売となる。

この数ヶ月の間に実はこのようなことがあったのでした。

だから、12月日本に帰国したときは実は本当にへとへとだった。
そして今年に入り、インドに行くことはなくなった分ネパールに力を注ぎたいと思った矢先に
政情不安という流れ。ここまで手はずを整えて「これか、、、」という疲労感がこみ上げてきたが、
できるまで続けること以外ないし、現在バングラデシュはマイティガルの商品を一回輸出し、
現在二回目の生産に入ろうとしている。

その修正を昨日、今日、明日で全てファイナルにもっていく、ということになっている。

バングラデシュにシフトしたことで、マトリゴールという拠点がある為
オペレーションコストが減少し、同時にMHバングラデシュ商品の蓄積がある提携工場のため、
品質の共有が既にできていること、革や裏地などのサプライヤーをバングラデシュの
商品と同じところを使え、モニタリングコストも減少するというさまざまな利点があった。

しかし、何でこういうことに最初から結びつかなかったかというと、心情的には
書きたいことは山ほどあるが、まあ簡単にいうと言い訳なので、プライベートな
日記に書きます笑。ただ生産拠点の集約化というこの教訓は
私が身をもって学んだ本当に大きな学習だった。

だから無駄だったとは全く思ってない。でも、コストはかかった。

だからその分の価値を生みたいし、これで漸くスタートラインに立てたと思っている。

ネパールでいい生地を作り、バングラデシュで素敵なバッグを作りたい。
それがマザーハウスの他国展開モデルになりえるようあとは努力するのみだと思ってる。

11日から発売となるマイティガルたち。

MNSS.jpg

2010/02/03 ネパールから

明日ネパールからバングラデシュに行く。

思えばネパールと付き合ってもう一年経った。

期待していたことと違うことが多く、この国に対してどうやってやっていけばいいと
頭を抱えてきた。

今回の出張もどちらかというとネガティブな話を進めにきたつもりだった。

でも毎日のようにこの国の人と接し、3歩進んで2歩さがる作業を行っていると、
この国が如何に難しい状況の中で苦しみ、もがいているかが理解できた。

工場のディディたちと昨日はご飯を食べた。

「ネパールは本当にもう危機なのに、なんて人々はリラックスしているんだろう」
そうぼやいていた。


「ねぇ、日本だってさ、先進国はみんなたくさんの援助をしているでしょう。
水がない電気がないっていうんだったらそれに使いなよ。」

「援助なんて私たちには来てないじゃない!途中で止まっちゃっているんだから。
私からの誠実なアドバイスは、もう援助なんてしないでほしいってことよ。
明日から一銭もくれないで。国がだめになるだけなんだから。Please stop it!」

すごく衝撃的だった。

もう一人のギタという女性は、国連やJICAなどが行うプロジェクトは
一時的で、どんなものごとも、人も長期的なものはないと嘆く。

その後は一体どうなるの、という単純な疑問を持っているのは彼女たち或いは
ネパールだけじゃないだろう。

この女性たちは冬用のシルクのストールを作ってくれた女性たちだ。

蚕から育てて、その繭を取り出し、糸をつくり、そこから手織りで生地を作り、
染色をして、仕上げをしてマザーハウスに出荷している。

実際に生産をしているのは村に点々と存在する女性たちだ。
その多くの女性たちを彼女たちはまとめあげ、日々モニターしているのだ。

どうして今の仕事についたのか聞いてみた。

「昔弁護士だったの。ギタもそう。でも裁判ってね、やっぱりお金もってないと勝てないでしょう。
それで、お金もつには、やっぱり仕事だなって思ったの。それで女性たちに仕事を
与えたいって思いでこの組織を立ち上げたの。」

そう言う彼女。

なんて強い信念なんだろう。

マザーハウスの哲学を話したら100%賛成だって言ってた。

もう夜で少し寒いレストランの中、ゴールが少し同じだなって思えたことは
私にとって何よりも大事な原動力になる。

正直、本当に販売サイドも生産サイドも両方先行きが不透明で、
ネパールの社宅で夜な夜なごそごそ起きては、その不安さ故にいきなり
涙がでてきたりする。

どうしてバングラに留まらなかったの。と何十件もの取材の中で聞かれてきた。

最初私はそんな質問が来るとは思っても見なかった。だから驚いた。
で私は「だってもともとそういうつもりだったから・・・」と答えていたし
なんでそんな質問するんだとよくわからなかった。
でもああ、そうか。普通はそう思うよなぁ。。。と後から気が付いた。

でもこんな状況になってみて、ああ。なんでこんなつらいことやり始めたの!私!
なんて後から思ったんです。馬鹿でしょう。

そしてああー、やらなきゃよかったって本気で何度も思うんです。

バングラにいたらよかった!って。


でも山崎が言ったんです。

柳井さんは一勝九敗だよって。

確かに・・・・・・。

バングラデシュが一勝のうちに入るならばここから九敗もしなきゃいけない。。。

あぁ。。もう考えただけでもやっぱりまた眠れない。。

1   2

back

  • Icho Tote
  • Leather Messenger
  • Garden Print Stole
  • Classic Small Shoulder
  • Marble Stole
  • Square Messenger
  • Slim Messenger
  • Icho Long Wallet
  • Icho Wallet
  • Leaf Print Stole
  • Check Stole
  • Koushigara Wool Stole
  • Rough Knitting Wool Muffler
  • Icho Hand
  • Soft Tuck Tote
  • Antique Leather Boston
  • Leather Small Messenger
  • Horizontal line Stole
  • Zadan Business
  • Icho Mini Hand
  • Icho Card Case
  • Roll Key Case
  • Leather Stitch Moon
  • Icho Tote
  • Leather Messenger
  • Garden Print Stole
  • Classic Small Shoulder
  • Marble Stole
  • Square Messenger
  • Slim Messenger
  • Icho Long Wallet
  • Icho Wallet
  • Leaf Print Stole
  • Check Stole
  • Koushigara Wool Stole
  • Rough Knitting Wool Muffler
  • Icho Hand
  • Soft Tuck Tote
  • Antique Leather Boston
  • Leather Small Messenger
  • Horizontal line Stole
  • Zadan Business
  • Icho Mini Hand
  • Icho Card Case
  • Roll Key Case
  • Leather Stitch Moon

next