Eriko Blog
2009/10/30 白いシート
つかれたぁ。。。
品質管理の切敷も加わりとても心強い日々。
今日は一つだけいいことがあった。
二階の生産フロアにいってみる、マイティガルの工員たちがテーブルに
白いシートを敷き始めていた。
バングラでは自分たちが指示を出してそうした。
そしてそうなるまでには長い時間が必要だった。
テーブルの汚れが目立つようにと、革などに汚れがつかないように。
自主的に何かが動いたとき。
切敷と目を見合わせた。
ちっちゃなことだけど、でも大きなことで、涙が出そうになる。
こちらがいうことを理解すること自体がすごく難しい。
それでもいい続けたり、言ってもだめなら行動したりする。
でももっと難しいのはこちらが求めていることを理解すること。
けれど、それが白いシートだったこと。
それだけで今日一日がこんなにも幸せなんて。
品質の違いが全く分からず、日本から来たブロークンヒンディー語の女を不思議そうに見て、
問題を発見したり、却下するたびにいやな顔をしていたあの工員たちが、
自分たちからいきなり白いシートを取り出して四隅をテープでとめているんだもの。
本当にびっくりした。
この感動を世界中の人に伝えたいと思ったくらいだった。
最近で一番一番嬉しかった。
問題は山積だけど、これだからやめられないんだよねぇ、って思った。
マザーハウスやって何が一番嬉しいかってこんなとき。
何かの賞とったり、メディアにでたり、店だしたり。それも嬉しいけれど
やっぱり比較にならないというか、心にしみる嬉しさだった。
うん。頑張ろう。
2009/10/28 名前
今日も朝からバタバタバタバタ。
生産工程をひっきりなしに変えながら、時折工員たちに嫌な顔をされながら
検品をしたりしている。
サンプルルームではかなりの人数を配置しているので、着々とできるはずのサンプルなのだが、
これまた変更が引き続き。
工場のオーナーのサイガルさんはとてもいい人だ。
シップメントのたびに大きな問題があったりして、文句をいっている小さなバイヤー
マザーハウスに対して、全く逃げないどころか、いつも今以上の心配りと
実際の改善案を提案してくれる。
前一緒にランチした時、「こんな大きな工場をやるのはほんと疲れたよ。
お茶屋さん(日本でいうところのカフェ)をやりたいよ・・・」とボソっといっていたのが
とても印象に残っている。
国をこえて、経営者というのはほんと大変だなぁ。人事みたいだけど私も一応
経営者だ。。。
いつも朝工場につくとサイガルさんの叫び声がするので、「あ、私よりも
大変な人がいる」とちょっと心強く思ったり笑、とても大きなロットをシップしている姿を
見ると「あぁ、私なんかこんな量出荷するなんて精神的にやられちゃうよ」と
尊敬もしたりする。
大勢の工員がいるのでちょっとご無沙汰していたが、今日から工員たちの名前を
覚えることをはじめた。
バングラデシュとか、インドとか、ネパールとかって、工員たちって勿論名前って
呼ばれないんだよね。
日本語でいう、「おい」みたいな感じでみんな同じに呼ばれて。
私はそれって何だかいやだなぁと思っているので、どこの国でも名前をメモして
おくのだが、やっぱり「サンプルマスター」とかじゃなくって名前で呼ぶと
心なしか元気な返事が返ってくるような気がする。
国とか宗教とかって実はあんまり関係なくて、人間だから、やっぱりほんとシンプルに
欲しているものってあると思う。
名前ってやっぱり一番最初で、アイデンティティってやつなんだよね。
アジアの国々では名前の次に「バイ」とか「ダイ」とか「アプ」とかつける。
兄弟とかおねえちゃんとかいう意味なんだけど、結構近い友達もそんなものを
つけて呼ぶ。私は仕事でもそれをつけちゃっているのだが、なんとなく
マザーハウスっぽくって続けている。
私は相変わらずどこの国でも「マダム」なんだが、いい加減誰か「やまぐち」とか「えりこ」とかで
呼んでもらえないだろうか。
片思いみたいでちょと悲しい。
あ、今日はインド初ハンバーガーを食べた。
やっぱり、、おいしくなかった。
2009/10/27 言葉と品質。
生産ラインに入って指導をしている毎日で、怒鳴るときも多くなってきて、
トラブルも絶えずかなりへこんでいた今日。
生産工程一つ一つに検品チェック体制を構築しないといけないが、
まずは私自身がそこに入って裁断が終わってからチェック、縫製してからチェック
みたいな感じで商品開発の時間がとられている。
「日本人はこんなところも気にするんだよ。」
「マスター、これはアウトだよ。このパーツは検品してみて。それを私が再度
検品してみるから。」
そんな風に、本当に地道な日々がスタートした。
「これくらいOKにしてもらえないと・・・。」とポツリとマスターがいった。
「これもだめなの?うそでしょう。」
起業当初のバングラを思い出した。
「これくらい、これくらい・・・」って何度も言われたなぁ。
道のりの長さに愕然したり、これが品質を作るってことなんだと気持ちを
高ぶらせたり、本当に疲れる。
へとへとになって1人ホテルに帰る途中、運転手のビッキーと
ヒンディー語の勉強をする。
やっぱりこうやって指導をしていると、もっと話せたらいいのにって思うことが
あまりにも多くて、今のバングラは本当に楽で、ベンガル語できるし、英語ができる
スタッフがいることも助かっている。
だけどここは何もない状態。
私が直接伝えなければならない。
ベンガル語ミックスで何とか伝わっているからいいものの、これ以上のものを
要求するなら、「だめ」「いい」という以上に「なんでだめか。」「これを防ぐには
どうしたらいいか。」「この選択肢以外に何があって、どこがいいのか」みたいな
ことをきちんとコミュニケーションとらなきゃいけない。
そんな焦りと共に車の中で酔いながらメモしてヒンディー語を話していると
ビッキーが言った。
「この仕事をしてから、本当にすべてが勉強で、吸収することが多くて楽しい。
一番最初のシップメントのときなんてハラハラしっぱなしで、毎日バタバタしていたけれど、
今は素材の調達とか計算をもっとシステム化しなきゃいけないってこととか、
分かるようになった。」
と言っていた。
リスニングはかなりできるようになった。
と同時に、彼がそんな風に思ってくれていて、自分ができることを何とか広げようと
彼も頑張っているんだと思ったら、何だかがんばらなきゃって思えた。
「ノシャット(サンプルマスター)が言っていたよ。今日マダムに褒められて
本当に嬉しかったって。」
無表情な人が多いインドの工場内なんだけど、そんな風にやっぱり褒められて
嬉しがっているなんて、ちょっと安心したし、嬉しかった。
そんなことも、やっぱり言葉ができなきゃ表情を読み取るだけで終わってた。
「ノシャットはすごく丁寧だけど、もう少しスピードをあげてもらわんと困る」と言ったら
「同感。」とビッキーが言っていた笑。
少しずつ、少しずつ。
人を作らないとモノなんてできないんだ。
前に進みたい。
2009/10/24 サンプル
サンプル作成に取り掛かっている。
昨日あがってきたサンプルを車の中で見て、少し途方にくれた。
日本で何度も絵を描き直して型紙作ってサイズを教えてというプロセスを経て
漸くできたバッグなのに、どうしてこんなにも絵と乖離するのだろうか。。。
まぁでもバングラデシュも最初はそうだったから、期待値は低く低くと思い
今日は二度目のサンプルがあがってきた。
見てイメージと違いすぎて笑ってしまう。
あんなにがんばって描いた絵やっぱり意味なかったね。
会社が大きくなろうとしている今、本当にいろんな意味で踏ん張り時だと思う。
デザイン一つ一つの重みがやたら最近重く感じて、なかなか前みたいにGoといえない
自分がいる。
最近最初描いたものから、ぐるぐる回って、また最初に戻るみたいなことが多くなった。
マザーハウスのよさでもあるけれど、
店を直営で持っているから、マーケットが近くにありすぎて、見えすぎて、ほんと怖い。
マーケットと寄りすぎても、離れすぎてもだめなんだよね。
ほんと面倒なやつだなぁと思う。
ちょうどいい距離感みたいなものを見つけることは勿論大事だけど、その離れ方が
そもそも強みのあるところから発生しているのか、全く違うところから偶発的に
発生しちゃったのか、どこでそれでも離れすぎていないのかとかが、すごい重要。
無理した離れ方は化けの皮がはがれるし、本来の強みを生かしたものであれば
それは改善を続けることで道は開ける。
デザインっていうけれど、結局数字が出てくる世界だから結構左脳で進める部分も
多いよね。
頭よくなりたい。
そんなこと考えてたら尚更鉛筆が進まない・・・。。
2009/10/23 一歩
着いた。
私は、9月、10月と様々な問題がありすぎて弱気になったり、
泣いてみたり、焦ってみたり、本当に大変だった。
でもいつも答えって現場にあるんだなぁって感じる。
工場について、マイティガルのバッグを目にしたときに何ていうんだろう、
燃え上がってくる熱いものがある。
やっぱりそれは日本では全く感じられない強いもので、大袈裟だけど、
生きる意味みたいなものがあるきがする。
ずっと行きたくないなぁって思ってたけど、漸くここに来れたんだ、って思った。
自分の目で問題を見て、一つずつでも解決していけること、そして新しいバッグたちに
情熱を注げること、本当に幸せだと思う。
国境を越えて、マザーハウスの夢のためにがんばっているバサンがいること、
ビッキーが前よりずっとバッグについて詳しくなっていること、工員が真剣に品質について
議論していること、そんな工員たちからずっといいバッグが作られていること、
すべてが力になって、やっぱり私の場所って工場だなぁって心から思った。
オープンに間に合うかどうかという厳しいスケジュールでやってきた先月。今月から
すべての工程をFIXし、マザーハウス向けの特別な品質基準がコントロールできる
別動部隊を配置することになった。
生産フロアを一階から二階にあげ、その中でも他の生産と交わらない隔離されたところに
数十名を配置し、彼らに日本の品質がなんであるかを一つずつ少しずつ教えることになる。
そして専用のミシンを4台設置する。
今日も検品をしながら、バサンやマスターをはじめ、どこがどうしてだめなのかを
説明する。
どんな生産拠点であれ、オリジナルのプロダクトを作るにはプロセスをすべて
一から作り上げないといけない。
それらは人間の仕事だから、やっぱり人というものと真剣に向き合わないといけない。
焦る気持ちや怒鳴りたい気持ちを抑えて、彼らに作りたいと思ってもらうこと、
そして作り出す品質がお客様の喜びにつながることを必ず教えたい。
そう思っているときに見えた工員の真剣な表情。
彼が切っている生地はネパールのダッカ織り。
今日もまた同じスピードでカタカタと織り機が動いている。
国境を越えて、私はたくさんの人の生活がかかっているバッグを作っているんだと思った。
長い道のりだと思うけれど、それでも工場での一歩は店舗の一歩となり、会社の一歩となり、
それはマザーハウスに関わるみんなの一歩にもなること、それを忘れないで
取り組もうと思った。
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