Eriko Blog
2009/06/22 バッグ
バサンと山崎、そしてなんといってもインドから二人の工員がネパール入りし、孤独すぎて死にそうだったネパールマザーハウスは、とても騒がしくなりました。
初めて社宅に来た山崎に、ここで作ってきたバッグをすべて初公開しました。
もうこの日をどれだけの緊張を持って迎えただろうか。。。
マーケットサイドの山崎に本物を見せるというのは、デザイナーの私にとっては発売前の一番大事な瞬間でもある。
本来ならばきちんとディスプレイをして、最高のプレゼンをしたかったのだが、インド人は来るは機械は来るはで本当に汚い部屋の中、バッグを並べて山崎の入室を待つ・・・。
そして山崎が一言。
「まじ、いける。」
「まじ?」
「まじ。」
「まじ?」
「うん。」
やっほーーーー!!!! やった、やったぁーー!!!
嬉しすぎる・・・。
泣きそうだ。。
最初の出張からこれまでずっと待ち望んだ反応だった。
そのプロセスは何とも地味なものだったが、私にとっては最も過酷なものだった。
「全然ジュートバッグと違う・・・。これ売れなかったら俺らの責任だな。」
という山崎。
ジュートバッグの世界観から脱出し、新たなマーケットに挑戦し、仕上げた今回のバッグ合計23型。
山崎の感想が素直に嬉しい。
勿論売ってみなきゃ分からないこの商売。しかしデザインのステージで、私がやれるだけのことはやってきたようにも思う。
そしてここから全ての微修正に入るため、全ての型紙をファイナルに仕上げていく。
ということで、今日は5つも型紙をファイナルにして、合計5人のサンプルマスターをつけて、6月末の生産開始日に備えています。
2009/06/20 裸でも生きる
この本を出版してもう2年になるだろうか。
ものすごい最近のことにように感じるし、遥か昔のことのようにも感じる。
この本を読んで、本当に多くの方が「元気をもらった」「頑張ろうと思う」とお店を訪れてくれました。そしてこんな本でも少なくともネガティブではない何かを残せたのかなと思い、同時にたくさんの方が「続編はでないんですか」と仰ってくださったこともあり、この2年間を改めて本にしようと思いました。
「裸でも生きる2」
「2」というタイトルは売れないよと、色んな人に言われました。
でも出版社さんには申し訳ないけれど、私にはあんまり関係ないんです。
続きなんですから、2なんです。
ただ副題は変えないといけません。25歳の号泣戦記は年も違いますから・・・。
今回の副題はKeep walking です。
副題に込めた意味は、言葉の通り、歩き続けるということの難しさとその尊さからきていますが
私が一番好きな言葉でもあります。
本屋さんに8月後半くらいには届くように、頑張って書いています。
2009/06/17 国境
「生産はいつからですか」と今日聞かれた。
生産。実は来月にかなりの少量に限定しての生産を予定している。
これは工場のキャパからいったら半分以下。但し、それだけの時間がかかるプロダクトであると
いうのと、本格的にラインを作り品質を100%重視して、コントロールしながら行うということ。
この最初の生産にあたって、ネパールの職人の技術レベルを総体的にかなり上げる必要が
ある為、インドからかなり腕のいい職人を二人ネパール入りさせる計画をバサンと立てた。
勿論マザーハウスとしても全員ネパール人で工場を作れたら最高だと思うし、現地の力を
フル活用するのがMHのミッションである。しかしその前段階として私は
インドの職人からネパールの職人にトレーニングを通じて技術移転をいかにできるかという
ところにMH@ネパールでの勝算がかかっているに違いないと感じている。
大きな課題であるが、もともと縫製技術が高かったバングラデシュとは違い、手工芸品しかないネパールにおいて、そしてもともとのベースが全くないところで、これまで到達したことがない品質を追求するには日々の努力に加え、こういった抜本的な仕掛けが必要だと痛感したからだ。
そして国の競争力を引き上げる為にはどんな産業であれ、他国から吸収するということ無しには難しい。
国同士のプライドのぶつかり合い、知識の共有がなされない、様々な問題はあるものの、そこをブランドのゴールを示しながら乗り切るのが私の役目だとは受け止めている。
そしてこのインドの職人の面接が今月カンプールというインドの場所で行われた。技術以外にも勿論マザーハウスという会社に対する理解と、コミットメントが問われた。
その中で選ばれた二人が国を離れ、マザーハウスの為にネパールに移民し、来週半ばからこの社宅の一階でネパール人とインド人のチームを作るという小さいながら国境を越えたプロジェクトである。
トラックで国境を越えて、このインド人二人はたくさんの工具や機械と共にネパール入りするのが三日前の予定だったのだが、国境付近で大きな暴動が起きた。マオイストがインドからの移民に対して大きなストを起こしている。「インドの車は一切入れないんだ!」とバサンから連絡を受けた。
そこから連絡が途切れてしまったので、私も商品開発をしながら何度も国際電話をかけるがつながらない。そして次の日、ストライキは国中になった。国境付近では500台ものトラックが立ち往生しているとバサンから連絡を受けた。
そしてビラトナガルという地域からネパールのバスに乗り換え私の居場所まで来る予定が今日だったのだが、全く連絡がこない。
ここ最近ずっとこの問題で頭を抱えているのだが、漸く連絡があり、明後日にはカトマンズで合流することになった。
サンプルルームの稼動、生産ラインの確立、品質コントロール、商品開発の大詰め、頑張らなきゃいけない。
2009/06/15 ネパール語
ナマステ~。
実は私、こうみえて、出張に来た日から毎朝毎晩言葉を勉強している。
しかし昨日からネパール語の先生に習うことにしたのだ。
これまで私はヒンディー語を必死に勉強していたのだが、ある日工場でマスターとミシンの前で
格闘していた時。
突然「マダムの会社はバングラデシュに工場あるんでしょう?それで日本で売っているんだよね?」と聞いてきた。
「そうだよ。前話したでしょう。」
「じゃあこのバッグは?」とマスターが自分が作っているサンプルをさした。
「勿論、売る為に作ってるんだよ。私の夢はネパールのお店を作ることなんだから!」
「ネパール"に"お店を作るの?!タミル??(カトマンズの中心街)」
「へ??タミルじゃない!ネパール"の"お店だよ!!日本で!」
「ネパールのロゴをちゃんと焼印してね、Made in Nepal っていう。」
「Made in Nepal ?当たり前でしょう。」
「いや、当たり前じゃないんだ。」
・・・と全く会話が成立せず、私はマザーハウスのことをもっともっと伝えたいのに、そして品質のことをもっともっと理解してほしいのに、ほんとにほんとに自分の能力のなさが悔しくて、
そして工場で働くマスターじゃなくてスタッフの人たちはヒンディー語ができなくてネパール語しか話せないことをつい最近知って、急遽ヒンディー語をやめてネパール語を習わなきゃいけない!と思った。
その日、偶然にもネパールにいらっしゃるJICAの女性の方々とお会いする機会があって、
本当に素敵にネパール語を話しているではないですか!
わぁ、すごいなぁすごいなぁと心の中でとっても悔しい気持ちになり、その次の日にその素敵な
女性の方に先生を紹介してもらった。
「あ、先生ですか。私、日本人なんですけど、ネパール語を習いたいんです。」
「あぁ、そうですか。なるほど。そしたらいつかどこかで会いましょうか。」
「はい。そしたら今日うちに来てください。」
「今日??」
「はい。今日。工場で働いている仕事なんで、夜からでお願いします!」
「は、はい。」
ということで、既に今日は二回目のレッスンでした。
なまじっかベンガル語が出来て、ヒンディー語もかじった為、もうめちゃくちゃだ。
「OK」という言葉も「ティカセ(ベンガル語)、ティケ!(ヒンディー)、あぁ、ティクチョー!
(ネパール語)」と3度も間違いながら漸く一言会話が終わるという始末・・・。
「先生・・・。大丈夫。そんな心配そうな顔しないで!私頑張るから。」
眉をひそめている先生をよそに、私は気合いっぱいだ。
「はい、ビッタは壁。ライトはバッティ、床はブイー。」と部屋中至る所にペタペタと紙の単語を
張っている、まるで受験生の私。
「それでは宿題で11個の文章を作ってきてください。」
「よっしゃ。任せておいて!」と気合を入れて20個も作ったのにほとんど間違えていた・・。
そして今日のテーマはなんとなんと「果物」ですよ。
先生がおもむろに取り出すのは、りんごとかオレンジの絵が描かれたかわいすぎる
カードじゃないですか。
「・・・ちょ、ちょっとそんな小学校じゃないんだから、カードはやめましょうよ・・・。
一応サウジ(会社のオーナー)なんですよ私。」
「何言ってるんですか!フルーツは、ネパール語でファルフル!」
「ファ、ファ、ファルフル・・・。」
「はいもう一度!」
「ファル、ファルフル・・・」
しかしこの果物カードはやっかいで、私にはどうしてもマンゴーは洋ナシにしか見えない。
そしてライチはイチゴにしか見えないのだ。
ライチを指差して、自信満々に「いちご」と答えると、先生のつめたい目が・・・。
よし。勇気を持って言ってみようと思った。
「せ、先生、一言いいですか。」
「なんですか。」
「このライチは、どう見ても、ライチではなく、いちごだと思います。」
「なぜですか?」
「ライチというのはこういうのです。」と恐る恐るノートに描いたら
「それは日本のライチだ。ネパールじゃない。」と一蹴された・・・。
(うそ~!!!じゃあ日本にいるネパール人にはなんて言えばいいのさ!)
死ぬ気でやるぞ、と久々の集中力を試す機会とあって、燃えてます私。
2009/06/15 サンプル
あぁ、つかれた。
ネパールも徐々に暑くなってきた。
今日からかなり高度な商品開発に入ってきたので、サンプルマスターを集合させて、デザインの説明をした。
みんなにとってはやったことのない作りだし、どのパーツもどのやり方が一番いいのか一つずつ議論しながら進める為、とても時間がかかる。
そしてやってみて駄目だったサンプルも数え切れず。
私も一体どんなものができるのか想像が及ばない部分があり、それはいくら紙で模型を作ってみても芯一つでシェープが異なり、また本当に小さな違いが大きな違いを生むということを実感しながら模索状態で続けている。
ただ、このネパールの地で出来た素材が最大限輝くような、活かされるような作りに執着したいと思い、4月も含め、既に家がバッグだらけになっている。
デザインというのは本当に奥が深い。
前進する度に見事に大きな壁にぶつかる。私にとってそれはバングラデシュのジュートバッグで作り上げた自分なりの「やり方」だったり、「ルール」だったり、そんなものをぶち壊す作業だった。
ここネパールでバングラデシュの自分を一度壊して、新たにまっさらな境地でネパールの素材と向かい合う。二重人格になりそうなくらい、異なるテイストを仕上げている為、時々頭が痛くなる。
自分の作りたいものを作って売れたらそれは最高に面白いだろうが、ビジネスとはそんなに甘くないんだと少ない経験から知った。
お客様がいて、店舗が吸い上げてくれるデータがあって、販売サイドが描くマーケティングがあり、そこにぴたっとはまるプロダクトを、日本と離れた環境下で、この地だから作り上げられる雰囲気をもって送り出すというのは私にとっては最も難しい課題であると同時に、途上国らしい様々な障壁やストライキなんかよりも最もエキサイティングな難問でもある。
日々、自分の想像力の限界や至らなさに悔しい思いをしている。けれど、工場のみんなも同じように戦っている。
何度も何度も修正がかかり、「これはよくない。やり直そう」という私の言葉に何度も工場の空気が凍りつくが、申し訳ないけど妥協するわけにはいかない。
ものすごい量のバッグを作ってくれている。
毎日、「あと何個だ。あと何個サンプルは残っている」と多少の苛立ちと共に聞かれる。「分からない」としかいいようがない。「いいものができたら」としかいいようがない。
私もデザインが終わったらみんなの作業を手伝う為、裁断をしたりする。
そしてサンプルマスターが持ってきたサンプルが少しでもイメージに近づいていたらやっぱり一緒に喜んで、「すごくいい!」と言ったときのみんなの笑顔は何とも誇らしげで、私はそれを見るのが大好きだから、多分この瞬間があるから工場のみんなも私もこんな先が見えない格闘を続けていられるんだと思う。
こんな感じの地道な作業をしているのだが、日本ではアエラという雑誌に勝間さんとの対談が掲載されたらしい。
この働く場所による違いというか、ギャップは結構激しく、たまに途上国でこういったメディア掲載などの報告がスタッフから送られてくると、ほんとにこれは私だったっけとものすごい複雑な気持ちになったりもする。

Hanabira series 販売開始!
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