Eriko Blog

2009/06/27 報告


もう少し時間が、かかりそうです。


みんな、ネパールの商品、本当に楽しみにしてくれていたのに。

本当に本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

毎日毎日これだけ沢山の人から本当に温かい応援の気持ちを受け取っているのに、
こんな報告をしなきゃいけない自分が悔しくて。

目の前には本当にいいバッグが並んでいるのに、私にはみんなの喜ぶ顔が
見えたのに、そしてお店に並んでいる姿が見えたのに。

どこまで強くなったら涙することなく、夢を達成できるんだろう。


どこまでの信念があったら、こんな時も前を見ていられるんだろう。


日本で必死にマーケティングを頑張ってくれているみんな、
ネパールの商品の可能性を信じてくれた山崎、いつも私と共に
ハードルを乗り越えてきてくれたバサン。
ネパールの商品を心待ちにしてくれていた皆さん、
いつも変わらずブログを見て応援してくれている皆さん、
心配や迷惑しかかけることしかできなくて、本当にごめんなさい。

目の前のバッグたちは、どれも本当に素敵なんです。

一つ一つ、ネパールのいい香りがするようで、私にとっては本当に子供みたいに
思う。


今朝結論が出てからずっと涙が止まらなくて。


どれくらいかかるか分からないけれど、それでも前に進みたいと、
進む力が出るように、自分自身を立て直さなきゃと思っています。

今この商品がよく見られています

2009/06/27 風向き

昨日から、風向きが変わった。

今日トラブルが起き、10時から4時過ぎまでの議論は人間性に関わるほどのものだった。


どうしてここまで私にはいつもいつもハードルが立ちはだかるんだろうか。

自分のやり方が間違っているんじゃないかと思った。

そして、自分がやっていることが本当に正しいことなのか、本気で分からなくなった。


一度、また最初からやらなきゃいけないかも知れないし、
それでも今日バサンと一緒に駆けずり回って出来る限りの議論をして、
そして出来る限りの準備をして、まだ少しの可能性を持ってやれるかもしれない。

私は明日日本に一週間だけ一時帰国する。

この地で作った商品のマーケティングの為に。

このような状況下でもやはりまだ計画通りに、変えずにいきたいと思っている。

いきたいというか、いかせると。

どこのタイミングで帰るかずっと悩んでいたが、7月10日前後にずれ込んだ生産開始には
マストで戻らないといけない為、今日だけで2回もチケットを変更し、漸く明日のタイミングにした。

私に襲い掛かる試練は、一体私に何を期待しているんだろうか。

どんな自分になることを望んでいるのか、本当に分からない。

冷徹で、感情のない人間になることなんてできない。

ネパール。

ここまでかなり計画通りに来た感じだった。

しかし、こんなに生産開始ぎりぎりになった今になって。

悔しくて、涙がこぼれた。

できることをしたいだけなのに。

2009/06/26 信頼


私はバングラデシュの教訓があり、生産を自分たちで行うことの重要性は痛いほど理解している。

だからこちらに来る前から、提携工場と自前工場を並行して走らせる計画で、既に頭の中には絵が描かれていた。

昨日の夜、提携工場のビルマニさんと、私達のビジネスをスタート時点から応援してくれている貿易相のカーキさんとバサン、山崎でホテルで今後のことについて会議をした。
場所を変える必要があったのはそれなりにお互い言いたいことを感じていたからだった。

ビルマニさんの工場にしてみたら、私達の自前工場は面白くない。
生産キャパ的にも並行で行う必要があることが現実的な一番の理由なのだが。

そして衝撃的な一言を言われた。

「なんで自分の工場があるのに自分達の工場を立ち上げるんだ。自分の工員達を連れて行こうとしているんじゃないか。」と言われた。

彼のこの発言の背景には勿論私達と彼の工場の工員達の蓄積されているコミュニケーションや工員達が本当に楽しそうに私のサンプルを仕上げてくれている現実がある。
一方で、工場のオーナーでありながらなかなか忙しく工場に顔を出さないビルマニさんは工員達の気持ちや変化を把握できているかというとそうじゃない。そしてそんな発言をオーナーがすることに対して責任感、オーナーシップの極端な欠如が見える。

彼の発言を聞いた時、思わず激怒しそうになった。

私達がなぜ100人いたら100人がネパールなんかでやらないほうがいいというビジネスを「今」展開し、これだけの投資をして、住み着いてまで戦おうとしているのか。

なぜ工場と呼べる環境にはほど遠いビルマニさんの工場を少しずつ変えて、工員達のモチベーションを上げながら生産に持っていこうと努力しているか。

バサンがインドから合流した時、私と彼の工場の工員達の関係を見て、まるでマザーハウスの工場になったようだ、とポツリと言った。

いいものを作る為に、工員達みんなとの信頼関係がなければならない。
その信頼関係は日々の蓄積でしかないことなんて分かってる。
そんな最大限の努力をしたって、人間裏切られる時だってある。
でも、だからこそ、やるんじゃないか。

私は工員達には直接、自分の言葉で話しているが、工場になかなか現れないビルマニさんにはそういった背景が伝え切れていない、そのチャンスがあまりなかったのが正直なところだった。

しかし、逆に疑われるなんて、本当にショックだった。

ショックを通り越して、すごくすごく悲しかった。

彼と接する機会をもてなかった私の責任も多大にあると思う。
バサンが必死に、必死に私以上にマザーハウスのビジョンをもう一度語ってくれ、私達の提携工場に対する姿勢を説明してくれた。その言葉は仲間として胸に響くものばかりだったし油断をしたら泣きそうになるような言葉も沢山あった。2時間以上の議論が終わり、私はこれがチャンスだと思い、彼に言った。

「日本に、スポットではなく定期的にモノを輸出するというのは本当に難しいことだと私はバングラデシュの経験から思っています。

それをする為には、工場のみんなが本気で作りたいと思わないといけない。そう思ってもらうように私はあなたの工員達と接してきた。

アスガル、モルトザ、オジム、ロメス、お茶を持ってきてくれるアサックにだって、心から接してきたし、私はあなたの工員みんなのことを大好きだし、大きな可能性を秘めているし、それを信じている。

けれど私は工場長じゃない。彼らにはリーダーが必要なんだ。誰かが工場のみんなを見てあげなきゃいけないでしょう。あなたじゃないんですか。あなたの役割なんじゃないんですか。4月から今月までで、モルトザの縫製の技術がどれだけ向上したか知ってますか。どれだけの変化が実は起きているか知っていますか。サンプルだっていくつの型番を彼らが仕上げているか知っていますか。あなたは工場にいなきゃいけないんですよ。みんなとコミュニケーションを取らなきゃいけない。リーダーにならなきゃいけないんじゃないんですか。」

言い終わった後、ビルマニさんは「うん。そう思う。」と静かに言った。

労働問題がかなりのリスクであるこの地で、リーダーシップを発揮するのは本当に難しい。ビルマニさんが工場に現れないのもそういったポリティクス回避の姿勢があるのかもしれない。けれどコミュニケーションを避け続けた先にはギャップしか生まれないし、それなしで輸出できるほど日本は簡単なマーケットじゃない。

私はまだまだネパールのことを知らないのかもしれない。

けれど、今は正しいと思うやり方でまず動いていこうと思うし、今朝になって朝から工場にいるビルマニさんを見て、少しだけ晴れやかで活気のある表情をしていたのを感じた。
おはようと挨拶に来て、「下のフロアにいるから」とはにかみながら言った。

人間が作っているものだし、人間によるビジネスだから、一番難しいのも人をどう動かしていくかなんだと思う。

そんな術はどこにも書かれていないし、簡単に見つけられるものでもない。

けれど、やっぱり大事なのは、変わるということを信じて続けていくことなんじゃないかなと思う。

bilmani sir.JPG

2009/06/25 ランチ

今日はラトナの工場のみんなにマザーハウスとしてランチをプレゼントした。

「みんなこんなにマザーハウスの為に頑張っているんだし、いつかランチをみんなにごちそうしようよ。」

これは私と一緒にこの地でフル回転しているバサンの提案だった。

哲学を共有しているからこそ、出てきたナイスアイディアに勿論OKを出した。

その日がついに今日で、工場のみんなはお弁当を持参せずに工場に来た。
楽しみに私達も車で行くと、ストライキが起き、道路封鎖になっていた。

「だめです。通れません。今日は諦めて戻りましょう。」という運転手のビルマニ。

「だめじゃない。違う道があるはずだ。」とバサン。

「あるわけない。こっちいったらものすごい時間かかるし、こっちは通れないし。」
「いいから行ってみてくれ。」というバサン。

そうしてぼこぼこ小道を通り抜け、ラトナの工場に到着し、一安心。

「ごめん、ごめん遅くなって!」
「大丈夫。まだご飯できていないから。」
「できていない?」

聞くと、20人分のランチをお願いしたのでレストランも大慌て。
お釜が一つしかなく、ガスが途中で止まってしまったというトラブルで全く炊けていないという。

「お腹すいたぁ~。。。」

工場のみんなに申し訳ない。。
まだかなまだかな・・・・と待つこと数時間・・・。

漸く、ご飯が到着!!!

「よし、みんなご飯だー!!!」

ラトナの工場ではこんなご馳走が振舞われたのは今日が初めてだという。

私もみんなにご飯を盛りながら本当に幸せそうに、沢山食べてる工場のみんなを見て、最高に嬉しかった。

lunch.JPG


「私、いっぱい食べちゃった!こんなご飯いつも食べられないんだから!」と笑うみんな。


私達が求める品質は、工員達一人一人が心から「作り出したい」と思わないと達成できない。その為に工員みんなとコミュニケーションしたい。だから言葉を学んでいる。
そして、今日このような機会を設けて、バイヤーという立場からもう一歩みんなのそばに近づいた気がする。そして「沢山食べなきゃだめだよ!それで沢山仕事するんだから!」って少しずつ「一緒に」何かを作り上げる喜び、達成感、そのプロセスを共有したい。

自分達だってできるんだって。

普通よりも貧しい生活をしている工員の女性たちは、自分達も働かないと生活が成り立たない。子供がまだ小さい女性達が多く、殆どの女性がこの工場に子供も連れてきている。
生活を支える女性としての強さを私は彼女達からひしひしと感じる。
そしてその度に、この女性達に「必死に生きる」ということの少し先に、夢だったり、可能性だったり、新しい扉を開く時のワクワク感を感じて欲しいと心から思っている。
お金を稼ぐだけの仕事じゃない。子供を育てるだけの自分じゃない。流されるままに生きるだけの人生じゃない。

みんなが秘められた可能性を持っているんだと伝えたい。
そしてその最初の最初の一歩として、みんなが作る生地を喜ぶ人たちがちゃんといるんだってことをどうにかして伝えたい。
それがこの農村に住み、3人4人も子供を抱えながら仕事をし、必死に家計をやりくりしていた女性にとって、どれだけ勇気と自信と希望になることだろうか。

人間は希望さえあれば、必ず強く生きていける。

私達が来るまで閉鎖寸前だったこの工場。
オーダーがないまま工場に座り、解散するのをただただ待っていた工場。

同じ工場が今、ご飯の美味しそうな匂いと、お釜の前に集まる笑顔のみんな、少しずつ出来上がる最高の生地と、忙しい生産スケジュールがある。


「変化」を起こしていきたい。

この小さな工場からでも、必ず。最高のMade in Nepal を。

みんなの努力を必ず形にし、結果にしてみせる。

改めてそう自分に誓った今日だった。

2009/06/24 マスター

日本への一時帰国を前に、立て続けにパターンを仕上げている今日この頃。

先日、待ちに待ったインド人の職人が漸くネパール入りしました。

国境付近で立ち往生し本当に危険な目にあいながらもカトマンズに来てくれた二人の職人と初対面した。

「はじめまして。」

二人は硬い表情だった。

シャキルというこの職人は、カンプールというインドにおいてバッグ作りが盛んな地域があるのだが、そこで最も腕のいい職人として知られている。

前々から彼の噂を聞いていたが私は本当なのかなぁとやっぱり自分の目でみないと
分からないと思っていた。

次の日、いつもは型紙まで自分で裁断するのだが、ラフなスケッチを描いて渡した。
パターン作って、この部分を革で、この部分を生地でお願い。
そういうと、数時間後、きれいなパターンを持ってきた。

「これでOKですか。」
「うん。OKです。」
「ハードな感じがいいですか。ソフトな感じがいいですか」と聞いてくる。

私はこの質問にかなり感激してしまった。
彼が言っているのは芯のことなのだが、これまでは私が「この芯をこの部分に使って」と名指しで指定したのだが、彼はこういう風に聞いてきてくれて私の欲しいテイストを理解してくれようとする。
素晴らしい姿勢だなぁと思った。

これで、サンプルマスターが5人がかりで私のサンプルを仕上げてくれ、かなりラストスパートになっている。

しかし、問題は山ほどある。

この二人のサンプルマスターとビルマニさんのサンプルマスター。

私は工員達にできる限り、公平にフェアに接しようと常に努力している。

ヒイキとかは絶対にしないって決めている。
そして、みんなが私から信頼を受けている、一番のマスターなんだって思ってほしいと思っている。その為に実は実はものすごーい気をつかっているのです。

サンプルマスターをいつの時点で名前で呼ぶか、或いは名前の後にジー(さん)をつけるかダイ(もっと親しい呼び方)をつけるか、私は常にベストなタイミングで同じくらいの距離感にいるマスターたち全員に同じように変化をつける。

結構地味なことを陰でやっているのが、そこに大きな事件があった。

今日朝サンプルマスターと仕事を開始すると、どうも様子がおかしい。

「どうしたん?」
「うん?うんうん。何もないよ。」
「そうか。」

そんな会話をした。

どうしたんろう、どうしたんろうって、思いながら集中できず、そんなことしてたら違うマスターが入ってきた。

やっぱり元気がない。

うーん。

何だか嫌な感じで、夕方になった。
バサンと山崎と一緒にミーティングをすることに。

バサンがなんとなくいつもと違う表情だった。
嫌な予感。

それから、色々とビルマニ工場で起きている事態を把握し、やっぱりサンプルマスター同士でお互いにスムーズにいくわけはないかなぁと感じた。

しかし、直面しなきゃいけない課題だとは思っていたので、少しずつ「やり方」をマスターしていきたい。

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