Eriko Blog

2007/11/30 アンビアンテ

被災地支援の疲労を引きずりながら、スタッフ山崎に合わせ毎晩中華を食べなければならなかったので
しんどい日々でした。

今回山崎が来て、アティフさんともろもろマトリゴールのことについて話し合った。

とても充実したディスカッションができたし、3人の信頼関係を確認することができて本当に本当に
よかった。

少しずつ夢が近付いてきている。

一昨日から、ドイツからバワさんというバッグのデザイナー兼パタンナーが来ている。

政府関係のミッションがあるみたいだけど、アティフさんの友人なので私もすごく長い時間
お話したり、いろいろと教えてもらったりしている。

ブランドをもっていたわけじゃないけれど、時々企業から依頼されて、デザインをしたりしていたらしい。
きちんとバッグのデザイナーさんとして成功した人の話はとても刺激的だ。

なるほどって思うアドバイスをもらったり、私とアティフさんで苦しみながら出したあるパターンの解決策が、正解だったと聞いてめちゃ嬉しかったり。

でも話をしていると世界は広いなぁと感じる。

そして、実はかなり前から計画されていたのだが、2月にドイツのアンビエンテというフェアを見に行くことになった。このフェアのためにホテルの価格が数倍になっていて、またどこもすでにいっぱいでちょっと困っているのだが何とかなるだろうと思っている。

私にとってははじめてのヨーロッパ。そして最大級のフェア。新人デザイナーのコンテストまである。
5日間の予定だが、最大限吸収したい。今から本当に楽しみ。

翌朝、起きるのが本当につらかった。

7時半から冷たいシャワーを浴びて、そして若者たちと待ち合わせをして、市場に向かった。

毛布屋さん、毛布屋さん。

ポット、ポット。

まだ8時半くらいだった。

本当に狭い市場に毛布から、食料品、電化製品、もうなんでも売っている。

それで毛布屋さんを見つけた。

クオリティを見て愕然とする。

そして次々とみてまわり、最終的に一番あったかそうで、そして自分の直感がびびっときたところで決めた。こういう時私はいつも自分の直感を信じて疑わない。

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「毛布、250枚ください。」

250枚なんて、彼らにしたらとんでもない数字だ。

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長さをきちんとチェックして、家族の為にダブルサイズにした。

そして一枚一枚均等な品質であるべきなので、バッグみたいに細かくはできないけれど、
若者二人に検品を少し教える。

「ポット探してくるのでその間全部検品して、リキシャに積んでおいてください。」

次はポット。

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ポットという表現はちょっと違うんだけど、バングラでは写真のような窯でごはんを作る。

「あ、あと、ご飯を作った後のお皿も必要だ。」

それで、200個のおかま、ふた付き、と200枚のお皿を購入することにした。

これはとてもかさばるが仕方がない。

こんなに大きくなってしまった。。

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そして、その間にチャーターしてあったトラックがくるはずだったが、これがこない、こない。。

「もしもし、どうしたの?」
「あと5分です。」

そういってから、30分来なかった。

これがかなり誤算だった。

11時。やっと到着した。

そして荷物を積む。

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この作業をしている最中から、街中の人達が集まってきて、「この人は誰だ」とか「何をしようとしている?」「どこにいくんだ。」「NGOか」とか群衆による質問攻撃を受け大変だった。

でもそれのポジティブな効果では当初予定していた2人の若者から、最終的に一緒にトラックにのって手伝ってくれる人が6人になった。またその中にはバックパッカーをしていたフランス人のレオさんという男性まで入った。

いざ出発。

再びフェリーにのる。あぁ、酔いそう。。。 

012.jpg

そしてショルンコラに到着するまで3時間。

時間がない。

「どこまで行きますか?」

ドライバーさんの質問に
「もうちょっと先まで、もうちょっと。」と何度も答えて、最終的に行き止まりになるまで進んだ。

そしてそこが最大の被災地、サウスカリだ。

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「よし、それでは始めよう!」

最初ポットからくばりはじめた。

でもすぐに人ごみに囲まれ、カオス状態になってしまった。

そこで、テントみたいな家が並んでいるため、そのテント一つ一つに一個ずつ置くという戦略をとることにした。

みんな大声で、「家の前に置くので家の前で待っていてください。これから配りますので。」と説明しなきゃいけない。

そして順調に配り始めた。

014.jpg

時折、すでにもらったのに、100m先の他人の家に並び、二個ももらおうとする人がでてきた。

でもこれは6人いたので何とか精一杯の正確さを出し切れたと思う。

そして今度は毛布をはじめた。

ただ、この段階で、私の服をかなりの強さでひっぱったり、髪の毛をひっぱられたり、腕をひっぱって、家の中に入れさせようとしたり、本当に危険を感じて、私は地上に下りず、トラックの上から配ろうと方針を変えた。

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そして毛布含めてすべての物資をくばり終えたのが午後6時半。

日が暮れて、本当にみんながみんな力尽きていた。

最後橋を渡るときに思い出し、よくがんばったよーって笑い合った。

017.jpg

協力してくれたみんな、本当にありがとう。

今回の被災地支援、本当に大変だった。写真を見てもわかるかもしれないけれど、私自身
体力の限界を感じた。

本当につらかった。

二日間で全てをマネージして、生産性高く、また毎時間小さいことから大きなことまで
判断しなければならなかったこと。

でもそんなことはどうでもいいくらい、精神的なダメージが大きかった。

ポットを取り合いながら、実は喧嘩が何度も起こった。

やじり合い、叩き合い、小さな子供を押しのけて、我先にトラックに向かう人。

娘が死んだんだ!!って叫びながら私の民族衣装を力の限りやぶこうとする人。

私たちが渡しているのに、トラックの脇から毛布をジャンプして取り、逃げようとして、また人と
衝突して、動物のように取っ組みあう人。

瞬間、瞬間で、私の行動が正しかったのか、わからなくなった。

また瞬間、瞬間で、危機の状況にある人たちの動物性みたいなものに私はものすごい恐怖を覚えた。

ただ、これが現実なんだと思う。

環境がすべての人間性を既定する。

だからこそ、環境が少しでも改善するようにと、とった私たちの行動は正しかったと信じている。

私は疲労と、恐怖で、途中、一体何のためにこんなことまでしなきゃいけないんだと、正直感じた瞬間があった。

被災地のためだろうか。

バングラデシュという国のためだろうか。

自分のためだろうか。

いや、会社のためだろうか。

私はやっぱり、すべてのためだと思った。

社会のためが、会社のためになり、また会社のためが社会のためになり、そして個人個人のためになる。

理想ばかりと笑われるかもしれないし、笑う人たちにも沢山会ってきた。

けれど、本当にただの理想なんだろうか。

私はこの会社を通じて、一日、一日と、企業のもつ可能性を肌で感じている。

250枚の毛布と、200枚のポットとお皿なんて本当に小さくて小さくて、まさに大海の一滴だ。

けれど、形にすること。行動すること。

私は、それが私たちが描く理想とする社会に続く道であると信じている。

やっと今朝、無事に被災地より帰ってくることができました。

私が行ったのはクルナという街に属する、ショルンコラというもっとも被害の大きかった場所です。

出発したのは22日の深夜。

23時のバスにより、クルナへ向けて。

クルナについたのは次の日の午前7時。

電灯が時々ぼきって折れていて、数メートル先にあったりする。

バスの中は快適だったのだが、これからどうするべきか考えていてあんまり眠れなかった。

そしてクルナについてからまずは泊まるホテルを探した。

どこもなぜかいっぱいで、小さなホテルがやっと見つかった。

そして、まずは被災地に行こうと合流した友人と決断し、荷物を置いてすぐにショルンコラに向かった。

人によると1時間、また人によると4時間かかるというので全く情報がわからなかった。

まずはバスにのり、バゲルハットという中間にある市に向かった。ここまですでに1時間半つかった。

そしてそこからショルンコラの手前の川までバスを乗り継ぎやっと到着した。ここまで3時間。

そして目の前の大きな川に愕然とする。

フェリーが走っていた。
しかし、どれも救援物資のトラックが停滞していて、全く時間がかかりそうだった。

私たちはこの時点では何ももっていなかったので、スピードボートと呼ばれる、名前はかっこいいがただのボートにのり川を渡る。

恐怖だった。

そして川を渡ってすぐの場所がショルンコラだ。

やっとついた、、、と思ったらすぐに大勢の人に囲まれた。

なんだなんだ、、、。

そう思っていたら、なぜか村長が出てきた。

「何しにきた?」

「救援物資を提供したいがまずは現地の情報を見たくて。」と説明すると
長々とこれとこれが必要で、と言われた。

しかし、問題のスポットエリアはここから更に遠い。

またここの村長は、私がショルンコラにいくというと、なぜそこに行くんだ、ここだって被害にあったんだぞってしきりにいってきて、仰る通りなんだが、被害の規模は比較にならない。

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ショルンコラのサウスカリという場所にまで行きたいんだけど?と聞くと、車では時間がかかると言われ、私達はオートバイに乗っかりいくことに。

お尻が本当に痛くなるくらいのデコボコ道。

そして、進む程に状況の悪さが見てとてる。

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木は殆ど倒れ、家は崩壊している。

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途中またある村に到着した。

被災地から最も近い村。

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そこで、私は村長さんの話を聞くことにした。

自治体がある広場には、何百の人々がまだかまだかと援助物資を待っている。

私を見て、「ビデシェビデシェ!!!(外国人だ、外国人だ!!)」と大きな声で叫んでいた。

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最初、国際機関の物資提供が進んでいる様子だったのでなぜ外国人を珍しげにそんな風に言うのかわからなかった。でものちに、国際機関のトラックやバンが走っているのに、全く外国人のスタッフは足を踏み入れていないんだとわかった。

現場で働いている人たちはやはりベンガル人で、救援物資は何が必要で、どれくらいを判断するのは
現場に足を踏み入れていない本部のスタッフである。

これが現実。

村長さんの部屋に行き、マザーハウスはバングラデシュでビジネスをやっている、私たちの仕事を説明し、必要なものは何か彼から直接聞いた。

非常にまじめそうで、質素な服を着た彼。

「水や食料がやはり最も必要でしょうか。」

「水や食料は大丈夫だ。いらない。」

あっさり断られた。

「もう十分にあるんですか?」

「十分ではないが、支援物資は水や食料にとても偏っている。例えばお米をもらったとしても、今困っているのはそれを炊くポットがないことだ。」

「なるほど。ポットですか。」

「今はもう次のステージに入っているので通常の生活に戻るための道具が必要になっている。」

「なるほど。あとは?」

「浄水カプセルがほしい。ここから見れるように川には沢山の水があるでしょう。でもカプセルがあればそれらを利用することができる。」

「なるほど。あとは?」

「一番必要なのは毛布。ここは昼とても暑いが、夜になると冷える。今救援物資には毛布がとても少ないが、かさばるし、単価が高いからだろうか・・・。」

「なるほど。ありがとうございます。」

私がイメージしていたこととかなり違っていて、とても驚いた。
食糧はいらないなんて。

でも、実際それが現場の声なんだと思う。

毛布、なんて最初私は考えてもいなかった。でも確かにここ最近の冷え込みはとても厳しい。家がまだない人たちにとって確かに必要だ。

あとポットかぁ。確かにお米ばっかりもらっても、どうやって炊くんだろう。これもなるほどーって思った。

やっぱり現場に来て、必要なものを確認する作業は正しかったと確信した。
私は一生懸命メモをして、現場をできる限りみて、クルナに帰ることにした。

しかし、私にはやらなきゃいけないことがあった。

それは物資調達をやったところでどうやって配ればいいんだ、ということだった。

被災地で感じたのは、二人では絶対に配れない、ということだ。
しかも、この時点での予期せぬハプニング。合流するべきだったお医者さんからの電話。
「ごめんなさい。違う地域で問題が起きて、そちらに行けなくなってしまった。」

「え。。。。」

かなり戸惑った。でももう仕方ないっちゃ仕方ない。

パートナーを探さなければならない。

川沿いに戻った時にVolunteer と書かれたカードを首からぶら下げて必死に作業をしている若者達。

よく見ると、Red crescent と書かれている。

赤十字のバングラバージョンだという。

私はその中の一人の顔つきがとても気に入って、彼に声をかけた。
聞くと、Youth 団体として学校がない時にボランティアをしているという。
そして、私がこのような状況だと説明すると、どうなるか分らないけれど、今夜自分達もクルナに帰るので、ミーティングをしよう、ということになった。

「OK、じゃあクルナで待っているね。」

もうここまで来たら、信頼できるかどうかは自らのフィーリングに頼らざるをえない。

帰らなければ日が暮れてとても危険になる。

またオートバイ、更にあのスピードボート。そしてバス。更にバス。

クルナのホテルに到着したのは22時半。

そして30分でごはんを食べ、23時に彼らがホテルのロビーに到着。

私はマザーハウスという会社で、これこれこういった者で、今回援助物資を提供したい、でもその為にマンパワーが必要なんだ、と説明した。

とてもしっかりとした顔つきの学生たちは、よくわかりました、と言う。

「それで、私が買いたいのは、毛布とご飯を炊くポットなんだ。」
「OKです。それらは市場にあります。」
「何時からお店は開いてる?」
「9時くらいからです。」
「言い忘れたけど私は明日帰らなければならない。」
「無理です。」大きく首を横に振る。
「無理じゃない。帰らなきゃいけないんだ。」
笑われた。。

毛布とポットのお店を確認する。
トラックをチャーターするため、ホテルの人からも見積もりを取る。
既に24時。

「明日8時に集合!!」

「了解です。」

続く。

2007/11/22 被災地支援

明日、夜から被災地に行くことに社内で話し合い決定しました。

具体的にはクルナという地域の中で最も被害が大きかった場所です。

被害が起きてから、日本のスタッフと共にマザーハウスとして、現地で活動している企業としての
取るべきアクションを話し合ってきました。

また、私はこちらでアティフさんや友人に何が必要なのか、ヒアリングをしていました。

でてきたものは、水、食糧、薬、浄水フィルター、服、そしてお金。

国中の組織が援助を受けつけており、実際に物資を提供するのは簡単です。

私も最初は浄水器などがいいのでは、と思ったりしていました。

しかし、弊社は常に現場主義を貫き、また現場だからこそできることがあると考えてきました。

電話でこちらの友人と話をするにつれ、リアルな現場にまず自分が行って、そして生の情報を心配してくださっている皆様に報告をし、また自分の目で、必要だと思ったものを把握して、少なくとも提供すること、行動することが何よりも重要で、弊社だからできるダイレクトな貢献なんだと考えました。


勿論一人ではあまりにも危険です。

幸いにも現場にいる、素晴らしいお医者さんとコンタクトが取れました。

私が大学院を探しているときに、チッタゴン大学にも行ったのですが、そこでお会いしたお医者さんです。またこの話をしたら友人も賛同してくれ、現場で会うことになりました。

お医者さんはとてもまじめに私の話を聞いてくれ、本来違う地域に行く予定の彼だったのですが、君が来るならば、待っている、と言ってくれました。

私は早速、アティフさんに協力してもらって、明日の夜のバスのチケットを取りました。

まずは自分の身の安全を守りながら、できる範囲で動き、判断し、微々たることでも継続して貢献したいと思います。

この地での可能性を信じて活動をしているからこそ、MHには動く使命があると強く思います。

リアルタイムでのブログのアップはできませんが、二日間とりあえず現場に行ってきます。

昨日、サイクロンがバングラデシュを直撃した。

日本でもニュースでとりあげられたので、今日やっと電気が復活してメールを見ると
たくさんの方から心配のメールを頂きました。

ありがとうございます&心配かけてすみませんでした。

一昨日の夕方くらいから、「むむ、、、何かが来そうだなぁ。。」
そんな気配。

「アティフさん、何かくる?」
「うん、何かがくる。」

それから数時間後、あと2時間くらいで巨大ストームがきます!と警戒アラームが発令された。

レベル10のマックスの警戒だ。

いつも天災があると湾岸のチッタゴンという都市が大きな被害を受ける。
今回もチッタゴン周辺に住む人たちはこのアラームを聞いて、逃げて、逃げて、逃げようとする。

でも、アティフさんの友達もそうだが、二時間で逃げれるわけないだろう。

でもって、家畜はどうする、車はどうする。

逃げれる距離にもほどがあって、中には断念して、ただただ被害を待つ人々がいる。

二時間後。

まだ何もこない。

そして再びアラーム。

あと4時間後くらいにはストームがくる。

そして4時間後には既に直撃している。

今回のサイクロンでの死者は1000人余りと記載されているが、絶対にその倍はいる、
だって人口もセンサスでも正確に計測されていないのに被害者の数をこの短時間で計測できるわけがない。

そして見られた光景が最も印象的だったのは一部の人々が政府が出す警戒アラームを信じていなかったということだ。

インドネシアなどを襲った津波の時バングラデシュにもものすごい津波が来ると、仕切りに言っていた。
でも結局何もこなかった。

それでみんな、今回も結局何もこない、と思った。

全て情報が不確かで、また信頼性がなく、人々が適正に判断できないでいる。

チッタゴン周辺に比較したら本当にわずかな被害ですんだ私が住んでいるダッカでも、大雨と雷。

そして昨日は丸一日電気がなかった。

発電所も被害を受けたわけだが、電線が全く整備されていないため、路上には切れた線がいっぱいある。

それで、火事が起こることも懸念された。

電気がなくなり、ジェネレーターを使っていたインターネット会社も勿論ストップして、それは電話会社も同じだった。

一人部屋にいて、アティフさんの携帯から電話があった。
「僕の携帯の充電器もあと数分でなくなるから、もう会話はできないけれど、絶対に外に出ないで。」

「うん。わかった。」

その後ずっと暗闇が続く。

私の部屋にはこんな時に備えてチャージして使う電灯があった。それを使って、階段などはおりたりした。

でも、冷凍食品とかがないこのダッカの町で、私は晩から食べるものがないことに気づき、仕方なく
何も食べずにただただ真っ暗な中いつになったら電気がくるのかを待っていた。

アティフさんはこの期間、フェアがあって会場のことが心配だと言っていた。
今日行ってみたら全部ふっとばされていた。
莫大な損失になってしまった。

副作用はまだある。街中から電気が消えたことで、ここぞとばかりに犯罪が多発した。

すべてのお店が閉店した。

工場はもちろんだった。

縫いかけのバッグ達がミシンと一緒になったまま。

私にもチッタゴンに住む友人がいるのだが、彼がどうしているかも分らず、もやもやする。

この間政府は何度も発電所の電力をコントロールしながら絞った地域のみに電力をまずは供給するよう
試行錯誤していた。

でも莫大な需要につぶされるようにその試行錯誤は失敗し、丸一日経済活動がストップした。

365日のうち、1日がなくなってしまうこの損失。ものすごい。

そして電気が来ますように、と祈りながら寝て起きた今日、電気がついた。

誰が生きていて、無事かもわからず、ニュースもなにも見れず、いつ復活するかも分からず、
ただただ待つことしかできないって本当に不安で苦痛なんだとわかった。

そして人間が発明した電気がこんなに大切で、こんなに不可欠なものだと身にしみてわかった。

私たちは本当に恵まれている。

輸出したくてもできなかった工場がいくつもあり、働きたくても働けなかった人たちがいて。
そして大事な家族、家を失った人達。

このような天災が起こる度に、私は、私が日本に生まれてきた理由を知りたくて仕方がなくなる。

マザーハウスという、物理的な距離以上に本当に遠く離れたバングラデシュという国からモノを作り、輸出する会社を通じて、一人でも多くの人に、可能性があるのに頑張れない、頑張れる舞台がなく、整えられていない、そんな人たちが精一杯やったぞって言える舞台を提供して、そんな雄姿を商品として伝えたいと、心から思う。そんな企業である為に、私は今ここで悩んだり、苦しんだりしている。

私自身も日々のこうした不確定要素にめげそうになるけれど、必ず大きな意味をもつと信じて、進んでいこうと思う。やがて会社が大きくなって洪水やサイクロンが来てもふっとばされない頑丈な家をこの地の人たちに造ってあげたい。

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