Eriko Blog


数ヶ月前に仕事が終わって、久しぶりに部屋でテレビを見ていたときがあった。

本当に長い間テレビに触れていなかった気がして、チャンネルを回していた。

そのとき一つのCMが流れた。

フジテレビで流れたサンケイリビングのビジネスプラン女性起業家コンテストの告知だった。

http://www.w-challenge.com/

私はすごく直感的に応募してみようって思った。

CMをみた15分後にはインターネットから第一次審査の応募事項を書き終えて送っていた。

それから数週間、一次審査を通過したという告知がきた。

思ってもみなかった。

会社の概要、財務状況、その他アピールすべき事項を書類にまとめて今度は二次審査になった。バングラデシュにいた。
だから応募用紙が受け取れなかった。それで何とか郵送を手伝ってもらって提出した。


それから数週間後、二次審査を通過したという告知がきた。

思ってもみなかった。


今度は三次審査の訪問審査だった。
事務所に二人の審査員の方がいらっしゃった。
私はすごく緊張してしまったが、いつもの自分でいようって思いながらスタッフと共に審査員の方の質問に答えていった。


それから数週間たった。

三次審査に残った55人から、フィイナリストの4人に残ったという知らせがきた。

信じられない。


2月19日、最終審査のプレゼンテーションがある。

一番にソエルさんに話した。いつも無口なソエルさんがボソっといった。

「君が賞を取ったら、工場の二階を増築する」と。

そのプレッシャーのかけかた、、、有り得ないよ。

今この商品がよく見られています

2007/01/27 AUW

今日はもうくたくた。

ジッパー以外の素材は全部工場に運び込まれた。

いっきに老けるよ、そんな生活、と最近誰かに言われ苦笑。

やりたいことやって老けたらきっと素敵なおばあちゃんになる、と私は笑った。

明日はなんとチッタゴンにいく。

チッタゴンとはバングラデシュの第二の首都で、私はダッカから飛行機で11時にでて、
夕方の6時にダッカに到着する。

目的はマザーハウスがお手伝いさせてもらっているアジア女子大学 Asian University for Woman。

明日はアジア10カ国から教授やら、ビジネスマンやら、大学のスタッフが集まって
クラスのコンテンツを決める。

このプロジェクトは、数ヶ月前日本のメンバーの方が日経アソシエを見てくれて電話をくれ、
はじまった。

現地を知っている人間がほしいと。

メンバーの方々は、アドバイザーでノーベル平和賞をとったユヌスさんがいたり、
サポート団体でジョージソロスさんがいたり、世界各国で著名な人ばかり。

私なんかが役にたてることがあるのだろうかと不思議に思いながらも朝食会に参加させて
もらって、徐々に何かできることを探そうと思えた。

それは本当に、すごいやって思える人達だったということと、もし本当にこんな大学が
できたら世界の教育プロジェクトで最も壮大で大きな変化が必ず起こると確信したからだった。

私は現地の大学院を卒業した日本人として現場で起きていることを伝えられたらと最初は
思っていた。

しかしこのプロジェクトをよく知るようになって、意義の大きさを感じ、もっとできることはないかなと
勿論、本業に支障がない程度に、思い始めた。

まだ足りない大規模な資金集め、クラスコンテンツ、今後はじまる社会企業のコースなどなど
他のメンバーに比べたら微々たるものだけどそれでも原点であった教育という分野で、
しかもアジア十カ国を対象にしたプロジェクトで、自分の力が役に立てるのであればと
工場の合間に大学に行くチケットを取った。

エキサイティングな人達との交流はいつも私に、世界ってこんなに広いんだって教えてくれる。

日本を統括するキャシーさんはほんとパワフル、スタッフとして働くメレニーは超キュートだけど
すごい行動力、カマルさんはナイスな笑顔で世界中飛び回ってる。

こんな小さな日本と、バングラデシュという二つの国だけで、アタフタいっぱいいっぱいの私は
ほんとちっぽけで悔しい。

もっともっと世界は大きいんだよねぇ。

知らない世界、知らない興奮、あぁ早く知りたいなぁ。

2007/01/26 伝えた。

昨日は体調崩しいえなかったアティフさんに対する言葉。

今日ちゃーんといえました。

2時間くらい話し込んじゃった。

途中涙目になったけどでもこらえてがんばったんだー。

アティフさんを雇ってどれだけ救われたか、どれだけ営業に力を入れられたか、前回の生産の間、数えるほどしかなかった眠れた夜が、今はぐっすり眠れる日がすごく多いこと、そして今まで生産が悪夢のように辛いことばっかりだったけど、今私は大変な中でももの作りのプロセスをすごく楽しめるようになっていること。

最後に、マザーハウスが第二のステージにいくためにアティフさんは「Indispensable person (なくてはならない人)」だと目をみて伝えた。

アティフさんは真剣に、うつむきながらじっと聞いていた。

話終わって、

「I am honored. (とても光栄に思う)」、って一言言ってくれた。

言葉にしたら、今日一日アティフさんと交わす一言一言が、少し違った意味をもっているように思った。

2007/01/23 言葉。

今日工場から一旦帰る途中、ベイビータクシーの中でアティフさんがいった。

「自分がもらっているお給料は本当に自分の努力に見合っているか、すごく心配だ」って。

マザーハウスはアティフさんを現地コーディネーターに雇用して、現地平均給与の15倍程度の給与を支払っている。

つまり日本人を普通に雇った分とあまり変わらない額。

それでも私がそう決めたのは、彼の能力や努力、そして何より人間性、外的なことで言えば、もう二度とアペルさんやラッセルさんと味わった苦い経験--私はそこから多くを学び、吸収したので何も後悔はしていないけれど--を絶対にもうしたくないという強い思いがあったこと、そしてマザーハウスが第二のステージに行くために信頼できる人間が現地にいることは必要不可欠のことだったからである。

決断は正しかったと日々確信しているよと伝えたが、彼はまだ少ししこりがあるようだった。

別れてから思ったのは、ポイントはそこではなく、彼にそんな風な質問をさせてしまった自分にあると思った。

彼が、毎日、自分はこんなにも必要とされ、評価されているんだ!って思えたならばなぜそんな質問がでるだろうか。

私はまた自分の至らなさに愕然として、頭を抱えてしまった。

今年の目標だった、カーネギーの人を動かすという本を読み身に付けるということ。

もう読み終えたのに、身に付けては全くいない。

どれだけ私が救われているか、伝えなきゃいけないのに。

毎日起こる問題、目の前にあるこなすべき課題に全神経がすりへってなかなか気が回らない自分がとても悔しい。

子供の頃から言葉でうまく表現するのは苦手で、それよりも行動で表現するほうがとても自分は好きだった。

だって、やっぱり言葉でいえることが本当なのかどうか、分からなかったから。

だって小学校の時先生が、いじめる男の子達にちゃんと言ったから明日から大丈夫だよって言ってくれたけど、全く大丈夫じゃなかったし。

でも私も大人になって、特にマザーハウスから教えてもらったことは、言葉が例え本当でも嘘でも、言うこと自体、伝えること自体にも大きな意味と価値があるんだってことだった。

だから私は心でどんなに感謝!ってアティフさんに思っているか、明日伝えようと思った。そう、私にいつも温かい応援のメールを送ってくれるあの人やあの人やあの人や、、、、、あの人のように。

心底思うことが強いと、私はいつも涙がでてきてしまうが(←おはるぼう=母に同じ)、そしてそれはある人達に言わせればビジネスのマナーとしてよくないことだそうだけど、それが嘘でないなら恥じることもない。

明日も新しい自分や新しい世界が見えますように。

2007/01/22

今日もいっぱいいっぱいがんばった・・・。

生きてるって感じが心の底からする。久しぶりにこんな風に感じられて疲れたけど嬉しい。

ジュートの生地の最終オーダーをして、革が最後の仕上げに入った。

そして金具も今回は自分達の工場で独自で作ることにしたので、それも最後の仕上げに入り、素材類は明日には全て揃う(。。はず)

サンプルは、最後の最後の仕上げで私もゆずれない部分があるし、ソエルさんもゆずれない部分があって、変な緊張感が長時間続いた。

もの作り。

生産者が作りたいもの、私が作りたいもの、そしてお客様が望むだろうもの。

全部が全部とっても大事。

かなりのデッドヒートでアティフさんが、仲介に入ってくれたりもした苦笑。

すごく感じる事はやっぱりジュートという素材がとても新しいから、デザイン画ですごく素敵でも、実際に裁断し、縫製したら全く別物になることが多々ある。

だからこそ、一度部分的にでも作ってみる。

自分で見て、触って、決める。

いつもとても迷う。迷い、心決める。

もしかしたら何十万、何百万というお金が、この部分を数ミリ変えたら得られるかもしれないし、または損するかもしれないという判断を一日に何十回もするんだから、体力的なことよりも心の負担がとても大きい。

でも自分の会社だからこそ私は決断できるんだと思った。

ソエルさんがいった。

「君がCEOじゃなかったらこんなペースで進むはずがない。会社の規模なんて関係なくトップはトップ だ。前にアメリカのバイヤーがきて、サンプルを作ったが職人以外の人間がくれば必ず変更点がある。彼らは一度社内に持ってかえるといった。そんなことやってたらいつ商品ができるんだっておもったよ。」

ソエルさんは淡々と、自分の考えやポリシーを話してくれるようになった。

嬉しかった。

今日は朝から工場で格闘していたが、昼間一時間ぬけなければならなかった。

病院にいった。

今月はじめから痛み出した左足が激痛になって、スムースに歩くこともできなくなってしまったからだ。

日本で勉強したお医者さんがいるところにいきレントゲンをとった。

色々診てくれて、先生が一言。

「歩きすぎ。」(←かたことの日本語で)

「、、でどうしたらいいんですか?」

「休めないんだったらギブスするか?」

「無理です!!!」

先生はあきれた顔して包帯でぐるぐる巻きにした。
「あんまり歩かないでいてもだいたい1ヶ月くらいかかる。」といった。

「げーー。むりですー。走りたいよー。」

「絶対だめ。」

「うえーん涙。」

私はぐるぐる巻きになった足でまた工場に戻っていつもの通り立ちながら作業をする。

工場の男の子が何も言わずに椅子をもってきてくれた。

嬉しかった。

すごく。

商品と共に強い強い絆がどうか、できますように。

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