Eriko Blog

2010/02/06 生産拠点

バングラデシュに着いた。

一番始めに感じたのは、「快適だ!」ということだった。

(なんて住みやすいんだろう!幸せ!!)

ムンナが空港に迎えに来てくれて、すぐに工場での出来事をペラペラ話し始める。
たくさんの仲間がいるのも心強い。

そして電気があるし、凍えそうでもないし、社宅は何不自由なくコーヒーが飲めて
ネットがつながる。

結局色々と仕事があって寝たのは朝の4時だったが、ベッドに寝転がった時の
幸福感ったらなかった・・・・。

あぁ。。。生き返ったような気持ちになり、次の日から気合十分で仕事を始めた。

しかしバングラもバングラでものすごいプレッシャーがあり、それはやはりもの作りだ。
いきなり8型ものバッグのファイナル修正をやらなきゃだった。

その8型というのは、実はマイティガルの商品です。

これまでマイティガルはインド、デリー郊外にて生産を続けてきましたが、
生産キャパシティーの問題、度重なる納期の遅れ、サプライヤーが多く、
素材調達の不安定さ、通関のシステム故障などさまざまな問題があった。

5回程度シップメントをした後にインドに行った。それは11月。

そして、「バングラデシュに生産拠点を移す。」といつもインドで、一緒にそして必死に
がんばってくれているバサンに言った。

私は、バサンの気持ちは120%わかっている。
誰よりも長い時間を共有してきた。
マザーハウスは大好きだが、でも勿論インドという国をインド人として心から愛している。
インドで成功できないものを、バングラデシュにシフトするというのが心情的に
平穏でいられるはずがない。

しかし、何度もそれを予感させるような通告をしてきた為か、目を合わさずに
「マザーハウスにとって、会社にとっていいことを決断すればいいだけだ。」と言った。

そこから全ての素材をバングラデシュに輸入するという大きな作業が始まった。
勿論、言葉ではバサンもそういったものの、協力してくれていた工場、必死になって
作ってくれていた工員たちがデリーにはいる。

バサンには鉄の女に見えたかもしれないが、バングラデシュにシフトするという言葉を
発するまでに何度考え直し、明日まで様子を見よう、次のシップメントまで
見てみようと何度思ったことか。インドでは最後の最後まで品質担当の切敷が
細部まで生産管理と検品を必死で行い問題が更に起きるのを食い止めてくれていた。

しかしその時間に比例して、全てのコストは上がり、失敗から学ぶスピードはそれにまったく
追いついていないようだった。

経営者として決断しなきゃいけない。このままではバングラデシュにまで影響が
でるかもしれない。

山崎と相談し最終的にそう思った。

それが経緯だった。

だからバングラデシュへのシフトを決めてからは相当の精神的なプレッシャーが
襲い掛かるのは覚悟していた。生産拠点を国を超えて一ヶ月以内に移すなんていうのは
そう簡単じゃない。それから12月バングラデシュに戻り、提携工場との話し合い、
今度は素材を輸入し、革はバングラデシュでそろえ、生産を開始する準備を整えていった。

サンプルが開始されたのが12月中旬。
そして2ヶ月経ち、それらが生産にのり、今月11日から発売となる。

この数ヶ月の間に実はこのようなことがあったのでした。

だから、12月日本に帰国したときは実は本当にへとへとだった。
そして今年に入り、インドに行くことはなくなった分ネパールに力を注ぎたいと思った矢先に
政情不安という流れ。ここまで手はずを整えて「これか、、、」という疲労感がこみ上げてきたが、
できるまで続けること以外ないし、現在バングラデシュはマイティガルの商品を一回輸出し、
現在二回目の生産に入ろうとしている。

その修正を昨日、今日、明日で全てファイナルにもっていく、ということになっている。

バングラデシュにシフトしたことで、マトリゴールという拠点がある為
オペレーションコストが減少し、同時にMHバングラデシュ商品の蓄積がある提携工場のため、
品質の共有が既にできていること、革や裏地などのサプライヤーをバングラデシュの
商品と同じところを使え、モニタリングコストも減少するというさまざまな利点があった。

しかし、何でこういうことに最初から結びつかなかったかというと、心情的には
書きたいことは山ほどあるが、まあ簡単にいうと言い訳なので、プライベートな
日記に書きます笑。ただ生産拠点の集約化というこの教訓は
私が身をもって学んだ本当に大きな学習だった。

だから無駄だったとは全く思ってない。でも、コストはかかった。

だからその分の価値を生みたいし、これで漸くスタートラインに立てたと思っている。

ネパールでいい生地を作り、バングラデシュで素敵なバッグを作りたい。
それがマザーハウスの他国展開モデルになりえるようあとは努力するのみだと思ってる。

11日から発売となるマイティガルたち。

MNSS.jpg

2010/02/03 ネパールから

明日ネパールからバングラデシュに行く。

思えばネパールと付き合ってもう一年経った。

期待していたことと違うことが多く、この国に対してどうやってやっていけばいいと
頭を抱えてきた。

今回の出張もどちらかというとネガティブな話を進めにきたつもりだった。

でも毎日のようにこの国の人と接し、3歩進んで2歩さがる作業を行っていると、
この国が如何に難しい状況の中で苦しみ、もがいているかが理解できた。

工場のディディたちと昨日はご飯を食べた。

「ネパールは本当にもう危機なのに、なんて人々はリラックスしているんだろう」
そうぼやいていた。


「ねぇ、日本だってさ、先進国はみんなたくさんの援助をしているでしょう。
水がない電気がないっていうんだったらそれに使いなよ。」

「援助なんて私たちには来てないじゃない!途中で止まっちゃっているんだから。
私からの誠実なアドバイスは、もう援助なんてしないでほしいってことよ。
明日から一銭もくれないで。国がだめになるだけなんだから。Please stop it!」

すごく衝撃的だった。

もう一人のギタという女性は、国連やJICAなどが行うプロジェクトは
一時的で、どんなものごとも、人も長期的なものはないと嘆く。

その後は一体どうなるの、という単純な疑問を持っているのは彼女たち或いは
ネパールだけじゃないだろう。

この女性たちは冬用のシルクのストールを作ってくれた女性たちだ。

蚕から育てて、その繭を取り出し、糸をつくり、そこから手織りで生地を作り、
染色をして、仕上げをしてマザーハウスに出荷している。

実際に生産をしているのは村に点々と存在する女性たちだ。
その多くの女性たちを彼女たちはまとめあげ、日々モニターしているのだ。

どうして今の仕事についたのか聞いてみた。

「昔弁護士だったの。ギタもそう。でも裁判ってね、やっぱりお金もってないと勝てないでしょう。
それで、お金もつには、やっぱり仕事だなって思ったの。それで女性たちに仕事を
与えたいって思いでこの組織を立ち上げたの。」

そう言う彼女。

なんて強い信念なんだろう。

マザーハウスの哲学を話したら100%賛成だって言ってた。

もう夜で少し寒いレストランの中、ゴールが少し同じだなって思えたことは
私にとって何よりも大事な原動力になる。

正直、本当に販売サイドも生産サイドも両方先行きが不透明で、
ネパールの社宅で夜な夜なごそごそ起きては、その不安さ故にいきなり
涙がでてきたりする。

どうしてバングラに留まらなかったの。と何十件もの取材の中で聞かれてきた。

最初私はそんな質問が来るとは思っても見なかった。だから驚いた。
で私は「だってもともとそういうつもりだったから・・・」と答えていたし
なんでそんな質問するんだとよくわからなかった。
でもああ、そうか。普通はそう思うよなぁ。。。と後から気が付いた。

でもこんな状況になってみて、ああ。なんでこんなつらいことやり始めたの!私!
なんて後から思ったんです。馬鹿でしょう。

そしてああー、やらなきゃよかったって本気で何度も思うんです。

バングラにいたらよかった!って。


でも山崎が言ったんです。

柳井さんは一勝九敗だよって。

確かに・・・・・・。

バングラデシュが一勝のうちに入るならばここから九敗もしなきゃいけない。。。

あぁ。。もう考えただけでもやっぱりまた眠れない。。

2010/02/03 電気

今日も気が付けばお昼を食べるのを忘れるくらい、猪野さんとビピンと共にダッカ織りの工場で
試行錯誤をしていた。

縦糸をこうしよう、横糸をこうしよう、ブッタと呼ばれる糸をこうしてみよう、織り機をこうして
みては。

できない、できない。ってその度に言われる。

「やってみてよ。」

「できないってば。絶対に不可能!」

「やってよ。」

「できないってば。」

「とりあえずトライ。」

「うーん。」

「トライ!」

「やってみるけどできないと思うよ。。。。」

という感じで漸く新しい事をやってみることができる。

そういう結論になるまで、ギャーギャーワーワー工場内で言い合いが続く続く。

私たち日本人の感覚というか、私や猪野さんの感覚ではとりあえずやってみましょ、
ってなるのに、ネパールではイエスと言ってもらうまでの道のりが本当に長い。。。

そうこうしているうちに日が暮れて、電気がないから終業時間になる。

今日生地のキャパシティを改めて計算していたときに、彼らがベースとする毎日の労働時間は
まず7時間。そして毎月の日数はストライキがある程度あると見て20日。。。

電気があればもっと働ける。

電気がない生活に慣れつつあるが、恐らく皆さんが想像するより相当きついです。

先進国の人間だったら、まずそれがここでビジネスをやったり、暮らしたりすることの
大きな障害になるはず。

生産や素材も全て、電気をなるべく使わない工程やものづくりに特化するしかない。
だから大企業はここではビジネスはできないと思う。

電気を少しでも使うのであれば、生産キャパなんて絶対に読めない。
政府がちゃんとしてくれるまで待つしかない、ってことになる。
それこそ全く読めないことだ。

手作業というものの手間をかけながら、競争力のあるものを作り、確実に納期を守る
のは本当に至難の業。

工場と名前が付くものがここでは本当に見ることがないのは、電気によるところが
大きいと思う。そしてマネジメントの抱えるリスク。
それぞれの村や家庭で作業をする。しかも超原始的を継続して。

それぞれの分散化したプロダクションポイントを如何に均一にもっていくかという
バングラデシュにはない新しくまた難しい課題がここには存在する。

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